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『我ら荒野の七重奏』加納朋子

我ら荒野の七重奏 (集英社文庫)

我ら荒野の七重奏 (集英社文庫)


山田陽子は一人息子の陽介を愛するワーキングマザー。トランペットに憧れ、中学では吹奏楽部に入部した陽介は、部活に勉強にと、青春の日々を送る。一方、中学生なんだし、そうそう親の出番もないだろう―そう思っていた陽子を待ち受けていたのは「吹奏楽部親の会」での戦いの日々だった…。部活を頑張る少年少女の陰で奮闘する親たちの姿を描く、笑いと涙の傑作エンターテインメント!

『七人の敵がいる』の続編です。
前作では息子の陽介が通う小学校のPTA役員として奮闘する陽子の姿が描かれましたが、本作は陽介が中学に進学し、吹奏楽部に入部したことから始まる物語です。
タイトルの「七重奏」は「セプテット」と読み、いかにも吹奏楽部を舞台とする部活小説らしい題名――と思ったら大間違いで、本作は普通の部活小説ではありません。
普通は部活動を描く小説といったら、主人公はもちろんその部活に打ち込む生徒であって、涙と笑いと汗にまみれた青春物語ですが、本作の主人公は部活に励む生徒本人ではなく、その生徒の母親なのです。
全くの他人というわけでもないですが、第三者視点から描かれた部活小説というのは珍しいのではないでしょうか。
「涙と笑いと汗にまみれた」という点は、本作にも当てはまるかもしれません――ちょっと意味が異なりますが。


陽子は「ミセス・ブルドーザー」というあだ名がつくくらい、強気で強引で猪突猛進的な女性です。
しかも、ひとり息子の陽介にめっぽう弱く、陽介のためだと周りが見えなくなってしまい、他の保護者や先生たちと衝突してしまうこともしばしば。
前作でもそんな性格のおかげで、PTAで必要以上に自らトラブルを巻き起こしていました。
今回はPTAではなく「吹奏楽部親の会」が舞台となりますが、部活の親の会ならPTA役員よりは規模も小さく仕事の範囲も狭いだろうから平穏なんじゃ?と思ったら、とんでもない。
私自身は「親の会」があるような部活動をやったことがないので、「親の会」といわれてもピンとこず、本作を読んで初めてこんなに大変なの!?とびっくりしてしまいました。
PTA活動も同じかもしれませんが、とにかく雑務が多すぎる。
中には、定期演奏会の会場を予約するために徹夜で並ぶというような、かなりハードでちょっと理不尽な仕事も。
子どもたちをコンクール会場に引率したり、楽器を運んだりするのも、親の会の役員の仕事だとは思いませんでした。
確かにただでさえ忙しい顧問の先生がひとりでできるようなことではありませんが、それにしても親の負担が重すぎるのではないかと思わずにはいられません。
親だってそれぞれ多忙なはずで、特に陽子は役職持ちのキャリアウーマンなので、親の会の用事が入るたびに、仕事の調整に苦労することになります。
しかも、親の会に限らず職場などでもよくあることですが、何もしない人に限って文句ばかり言ってくる。
自らの家庭や仕事を犠牲にして頑張っても、当然ながら一銭にもならないボランティアであり、あまりの大変さと報われなさにげんなりしてしまいました。
さらに、吹奏楽部の場合その活動の性質上、楽器のメンテナンスや楽譜代、外部講師代など、出費も他の文化系部活と比べてかなり多いという現実があります。
中学生の親ってこんなに負担が大きいんだ、これじゃ少子化も進むわ……と思わず納得してしまいそうなほどです。


なんだかマイナス面ばかり書かれているような気がしてきますが、かといって本作は暗さや悲壮さはみじんもなく、むしろコメディータッチの作品です。
ひどいなあ、大変だなあと思いながらも、時折くすりと笑いながら読めるのです。
個人的には陽子が登場人物につけるあだ名のネタの古さがツボでした。
なんだかんだで陽子も結構楽しんで親の会をやってるのかも、と思えるところも多々あります。
それは結局、部活の主人公は実際に部員として活動する子どもたちだから、というところに収束するのでしょう。
親の会の会員たちの中には、モンスターペアレンツと呼べそうな人もいますが (陽子もそのひとりかもしれませんが)、どんな親であれ「自分の子どもが一番かわいい」という点は共通しているのだなあとつくづく思わされました。
そして、そんなかわいい子どもたちのためだからこそ、つらいことも大変なことも理不尽なことも、文句を言いながらであってもなんとかやっていけるのですね。
特に中学生というのは子どもたちにとって一番成長の度合いの大きい時期です。
部活だけではなく勉強に友人関係に恋愛にと、いろいろ急に複雑になって難しい時期でもありますが、子どもたちの成長を間近で実感できるのは、親にとって何よりの喜びなんだろうなと思いました。
陽子の息子・陽介も、序盤はなんだか泣いてばかりという印象だったのが、中学3年となる終盤には、3年間の経験を経てすっかりたくましく成長します。
最後の演奏会の場面は陽子とともに泣かずにはいられません。
序盤から中盤にかけて、親の会の活動内容や人間関係にげんなりしていたのが嘘のように、最後は部活最高、青春ってなんて素晴らしい!と快哉を叫びたくなっていました。


青春のキラキラした輝かしい部分を陰で支えているのが誰で、どんなふうに支えているのかがよくわかる物語でした。
思わず自分の親にも感謝したくなりますね。
全国のお父さんお母さん、毎日お疲れさまです。
☆4つ。




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