tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『スモールワールズ』一穂ミチ


夫婦、親子、姉弟、先輩と後輩、知り合うはずのなかった他人ーー書下ろし掌編を加えた、七つの「小さな世界」。生きてゆくなかで抱える小さな喜び、もどかしさ、苛立ち、諦めや希望を丹念に掬い集めて紡がれた物語が、読む者の心の揺らぎにも静かに寄り添ってゆく。吉川英治文学新人賞受賞、珠玉の短編集。

ずっと気になっていた一穂ミチさんの作品をようやく読むことができました。
吉川英治文学新人賞を受賞し、本屋大賞にもノミネートという、作品の質は保証されているようなものですが、意外に怖いとか、意外に甘くないとか、読む前のイメージと異なっていた部分もあります。
それでも、そのイメージの違いがいい意味で心に突き刺さり、結果的に大いに感動し、いくつかの収録作では涙することになりました。


本作には6つの短編と文庫版限定の掌編1編が収録されています。
不妊に悩むモデルの女性と家庭内暴力にさらされる男子中学生との出会いと交流を描いた「ネオンテトラ」。
超大柄で泣く子も黙る最強の姉が婚家から出戻ってきて高校生の弟を振り回す「魔王の帰還」。
初めての育児に苦戦する娘から孫を預かった祖母の話「ピクニック」。
兄を殺された女性が獄中の犯人の男性と文通する「花うた」。
うだつの上がらない高校教師のもとに離婚後縁が切れていた娘が突然転がり込んでくる「愛を適量」。
高校時代に仲良くなった後輩から父親の葬儀に参列してほしいと頼まれる「式日」。
そして、別れた元妻と期せずしてホテルの同室に泊まることになった男を描く掌編の計7編です。
読み心地や雰囲気はそれぞれに違うので、飽きることなく楽しめました。
ネオンテトラ」や「ピクニック」は結末にぞっとするし、「花うた」の意外すぎる展開には心底驚き、「式日」の主人公と後輩の関係性にはしみじみ切ない気持ちになります。
読み味は違っても、全作品に共通するのは「驚き」や「意外性」がどこかに用意されているということでしょうか。
予想外の展開にハッとさせられたり、ぞっとしたり、胸がいっぱいになったりしました。


そんな7編の中で私が一番強く心を動かされたのは「魔王の帰還」でした。
この物語はとにかく「魔王」とあだ名される主人公・鉄二の姉・真央のキャラクター造形が秀逸です。
身長は180センチを超えており、鉄二にも容赦なく岡山弁で厳しい言葉を浴びせる真央ですが、読み進めるにつれて、そんなに乱暴でも横暴でもないということが徐々にわかってきます。
やがて、離婚すると言って実家に戻ってきた真央の、離婚の理由が明らかになりますが、それはとても意外で、そしてつらいものでした。
離婚についても夫についてもあまり語らない真央の心の内を思うと胸が詰まりましたが、最後に描かれる鉄二の姉への思いには完全に泣かされてしまいました。
もう1編、「愛を適量」にも同様に感動したのですが、こちらも高校教員の父と、長らく音信が途絶えていた娘・佳澄との関係と結末に泣かされます。
真央も佳澄も、自分の力ではどうすることもできない事態に直面しています。
どうしてこんな目に、と思っても、人生は厳しく、そうそう奇跡など起こらない。
家族だってその過酷な運命を変えてあげたり、自分が身代わりになったりはできないけれど、幸せを願い、祈ることはできる。
どちらの話もハッピーエンドというわけではありません。
それでも、決して叶わないとわかっている願いであろうと祈りであろうと、どうにもならない人生をなんとか立ち上がって歩んでいく力にはなり得るのだ、というか細くも確かな希望に満ちたメッセージが力強く胸に響きました。


優しいばかりでもなく、あたたかいばかりでもなく、むしろ厳しく冷たい人生模様を描いた作品集でした。
けれども読み終わった後には、人生ってそんなに悪くないんじゃないかという思いが残ります。
辛いことも悲しいことも、どうしようもないこともたくさんあるけれど、それでも悲観しすぎずに生きていこう、と思える物語たちに元気をもらいました。
☆5つ。