tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『惑 まどう』アミの会 (仮)


数多くの傑作アンソロジーを生み出してきた実力派女性作家集団「アミの会(仮)」が、豪華ゲストを迎えて贈る、珠玉のミステリ小説集。
絵本を読んでいると、過去の出来事が気になり…(「かもしれない」)。
悩みを抱えた僕の人生は少女との出会いで変わりはじめ…(「砂糖壺は空っぽ」)。
人生で起こる「惑う」時を鮮やかに切り取った8つの物語。

アミの会 (仮) のアンソロジー『迷 まよう』の姉妹編です。
「迷う」と「惑う」、意味は非常に似ていますが、ちょっとニュアンスが違う、のかな。
さて実力派ぞろいの作家さんたちは、どう差別化してくるんだろうか、という興味を持って読みました。
それではさっそく各作品の感想を。


「かもしれない」大崎梢
子どもの面倒を見ていた父親が、ヨシタケシンスケさんの『りんごかもしれない』という絵本の主人公がめくるめく発想力を発揮するのに刺激され、自らも同僚が大きなミスを犯して地方へ異動になった出来事を思い出し、その真相をあれこれ想像していくという話です。
あの出来事の真相は、本当はああだったのではないか?と妄想するようなことは誰にでもあるのかもしれませんが、この父親がえらいのはちゃんと同僚本人に真相を確かめに行くこと。
その結果わかったこととその後の展開に、あたたかい気持ちになりました。
実在するヨシタケシンスケさんの絵本が面白そうで、読んでみたくもなります。


「砂糖壺は空っぽ」加納朋子
いじめられっ子の「僕」が中二の頃に塾で出会った足の不自由な女の子に恋をし、告白するが強く拒絶されるという悲しい初恋物語……と思いきや、その後に意外な事実が明かされます。
ん?これなんだか読んだことあるような……?と思っていたら、物語後半に入ってからようやく思い出しました。
加納さんの『カーテンコール!』に収録されていた1作だと。
なるほど、先にこのアンソロジー用に書かれた短編があって、それをもとに物語が書き足されて『カーテンコール!』になったのですね。
改めて読んだ「砂糖壺は空っぽ」は、○○トリックが効果的なミステリとしての楽しみ、そして切なさと希望を味わえる名作でした。


「惑星Xからの侵略」松尾由美
小学生の男の子がなんと宇宙人を名乗る謎の人物から協力を依頼されるというちょっと不思議なお話です。
真相は拍子抜けな感じはしましたが、怪しすぎる「宇宙人」と主人公とのやり取りが楽しい。
テーマの「惑 まどう」から「惑星」→「宇宙人」という発想もいいですね。
そこからSFではなくオチのある話にしたところもユーモアがあって気が利いています。


「迷探偵誕生」法月綸太郎
男性ゲスト1人目の法月さんの作品は、法月さんらしく名探偵が登場する話……と思いきや、途中からファンタジーに。
これにはいい意味で意表を突かれました。
あることをきっかけに完璧な名探偵としての地位を築いた主人公が、その地位を疎んじるようになった理由に深く納得しました。
「謎解きが好き」というのは、なかなかに業が深いものなのかもしれません。


「ヘンゼルと魔女/赤い椀/喫茶マヨイガ光原百合
光原さんは欲張りにも3つものお話を盛り込んでいます。
それぞれ独立しているような、共通点があるような、そんなゆるいつながりのある3編です。
共通点とは、「マヨイガ」の伝承をもとにしているという点ですね。
マヨイガ」といえば姉妹編の『迷 まよう』の方でも、福田和代さんがネタにしていました。
示し合わせたのか、偶然の一致なのかわかりませんが、テーマが異なるアンソロジーで同じネタを違った形で読むというのはなかなか愉快な気分でした。


「最後の望み」矢崎存美
死の床についた老人のもとに死神が現れ、老人の最後の望みを叶えてくれるというファンタジー風味の物語です。
娘にあまり構ってやれなかったという後悔を抱いていた老人は、死神に頼んで娘が生まれる直前の自分に会いに行き話をします。
運命自体は大きく変わることはなくても、結果的に「自分自身を変える」という一番の望みを叶えた老人の心境の変化に、目が潤みました。
後悔ではなく満足を抱いて人生を終えるためにはどう生きて行けばいいのか、考えさせられます。


「太陽と月が星になる」永嶋恵美
異母きょうだいの妹を甘やかして姉である自分に依存させることに成功した主人公の「呪い」を描いた、怖いお話です。
タイトルのきれいさに反して、少々ホラー風味、結末もぞっとするようなものでした。
これを歪んだ姉妹関係の物語とだけ捉えるのは不十分で、家族関係全体が歪んでいると捉えるべきなのでしょう。
姉が妹に呪いをかけたのも、きっかけはその歪んだ家族関係にあったはずです。
なんとも背筋が寒くなる、イヤミス風のお話でした。


「内助」今野敏
男性ゲスト2人目の今野敏さんは、これまた今野さんらしく刑事もの……にちょっとひねりを加えて、刑事の妻視点の物語になっています。
刑事である夫への軽い対抗心から、素人ながら自分なりに推理して子どもの助けも借りながら事実を調査し、真相へ肉迫していく奥さん、というのが新鮮でよかったです。
数ある刑事ものの小説やドラマも、実は奥さんの内助の功が陰で発揮されているのかも、などと妄想すると楽しくなりますね。


今回の個人的ベストは矢崎存美さんの「最後の望み」ですね。
単純に一番ストーリーが心に響きましたし、読後感も一番よかったです。
アミの会 (仮) の次のアンソロジーも楽しみにしています。
☆4つ。




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