tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『アンソロジー 嘘と約束』アミの会


実力派の女性作家集団「アミの会」による書き下ろしアンソロジー。今作のテーマは「噓と約束」。テーマは統一でも、アレンジは多様多彩。人の世の温かさ、不思議さからほろ苦さまで、それぞれの作家の個性がにじみ出た「噓」と「約束」が味わえる上に、ミステリーには欠かせない〝どんでん返し〟まで盛り込んだ贅沢な1冊となっている。所収作家:大崎梢近藤史恵、福田和代、松尾由美、松村比呂美、矢崎存美

女性作家有志の「アミの会」によるアンソロジーです。
今回のテーマは「嘘と約束」ということですが、これはなかなか広がりのあるテーマというか、いろいろな物語が考えられそうでいいテーマですね。
ミステリとの相性もぴったりです。
それでは早速、各作品の感想を。


「自転車坂」 松村比呂美
住宅街の坂道で、突然飛び出してきた自転車と車でぶつかってしまったサラリーマン・圭一の物語です。
自転車に乗っていた高校生が軽傷で済んだために、救急車を呼ぶこともなく警察に通報することもなくそのまま仕事に向かった圭一でしたが、職場に警察官が現れて――という、ちょっとぞっとするような、でも自分にも起こり得るかも?というリアリティある展開が、意外な結末につながります。
こういう事故も出会いのひとつの形なんだなあ……とピンチから始まる人の縁にしみじみ感じ入りました。


「パスタ君」 松尾由美
ある日転校してきた蓮田君がクラスのみんなについた嘘と、その嘘の理由を解き明かす話です。
嘘の内容が子どもらしい想像力に満ちた楽しいもので、同級生には胡散臭く見られても、大人の読者である私には微笑ましく感じられました。
小学生の他愛無い嘘と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、その嘘の裏にある事情は少々重ため。
主人公の少年がその事情を知り、それをきっかけに蓮田君と友達になって、その後少年自身も自分の家庭の事情を知る中で成長していくという、切ない中に見える希望に救いを感じました。


「ホテル・カイザリン」 近藤史恵
夫への愛情を持てない結婚生活を送る女性が唯一自由を感じられる場所が、夫が出張中にひとりで宿泊するホテル・カイザリン。
そこで愁子という女性と出会い、ともに食事などを楽しむようになった女性ですが、ある出来事をきっかけにホテルで事件を起こします。
主人公の女性の境遇、愁子との秘密めいた関係、唯一の自由を奪われる絶望感、事件を起こした顛末――すべてが胸に重く迫って息苦しいような気持ちになりました。
ある意味では純愛小説にも読める、読後の切ない余韻がたまりません。


「青は赤、金は緑」 矢崎存美
印象的なタイトルは、主人公の女性・渚が交際相手の小学生の娘から出されたなぞなぞです。
特に猫好きというわけでもないけれど嫌いというわけでもない渚が、友人の深理 (みり) が出張中に彼女の飼い猫の世話をすることになります。
なぞなぞの答えが気になりつつ、渚が少しずつ猫との距離を縮めていく様子が微笑ましくて楽しく読みました。
猫との関係もいいですが、深理との友情もあたたかくて、気持ちのいい物語でした。


「効き目の遅い薬」 福田和代
イタリアンのお店で女性と食事中に、急に倒れてそのまま亡くなった若い男性。
男性が持っていたウイスキーのミニボトル2本からそれぞれ毒物が検出されますが、男性が服毒自殺する理由は見当たらず、ボトルには男性の指紋しか付いていない、というミステリ好きの心をくすぐる導入から、事件の真相へ至る結末まで一気に読まされました。
亡くなった男性と、女性との関係がなんとも印象的です。
鈍感って罪だなあ……としみじみ思わされました。


「いつかのみらい」 大崎梢
小さな編集プロダクションに勤める晴美は、行方不明になっている70代の女性の家に、自分が小学生の頃に描いた絵があったという話を、ある日突然訪ねてきた「調査員」を名乗る女性から聞かされます。
面識のない、名前も知らない女性の家に自分の子どもの頃の絵があった理由が気になった晴美は、調査員の女性とともに謎を解きに調査へ出かけます。
謎解きが楽しめるのはもちろんのこと、子ども時代の記憶がよみがえるノスタルジックな雰囲気に浸りました。
子どもの頃の約束が、大人になってから新たな出会いと約束につながるという展開にしみじみしました。


今回のお気に入りナンバーワンは近藤さんの「ホテル・カイザリン」でした。
全体を通して漂うちょっとダークで重たい雰囲気が非常に好みで、嘘にも約束にも切なさが漂い読後の余韻が素晴らしかったです。
でもどの作品も甲乙つけがたい出来で、テーマに惹かれたならぜひおすすめしたいアンソロジーでした。
☆4つ。




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