tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『アンと愛情』坂木司


成人式を迎えても、大人になった実感のわかないアンちゃん。同い年の優秀な「みつ屋」の社員と自分を比べて落ち込んだり、金沢で素晴らしいお菓子に出合って目を輝かせたり。まだまだアンちゃんの学びの日々は続きます。
これからもそんな日常が――と思いきや、えっ、大好きな椿店長が!?
和菓子に込められた様々な想いや謎に迫る、美味しいお仕事ミステリー第三弾。

高校を卒業後、デパ地下の和菓子屋「みつ屋」でアルバイトとして働く杏子ことアンちゃん。
泣いたり笑ったり感情豊かな彼女とみつ屋の同僚たちを描くお仕事小説も、もうシリーズ3作目です。
ちょっとどんくさいところはあるけれど、勉強熱心で頑張り屋さんのアンちゃんの活躍ぶりと、登場する季節感あふれる和菓子の描写に癒されながら、日常の謎を解くミステリとしても楽しめるという、いろんな意味でおいしい物語を今回も存分に堪能しました。


みつ屋でのバイトを始めて2年、すっかり仕事にも慣れたアンちゃんは、めでたく成人式を迎えました。
振袖を着ることに対して喜びやうれしさよりも、不安の方が先に立ってしまうのがなんともアンちゃんらしくてほのぼのします。
無事アンちゃんに似合う振袖が見つかって、成人式の写真をみつ屋の人たちにも見てもらえたことに、なんだかこちらまでうれしくなってしまうのは、もはや親戚のおばさん感覚ですね。
そんなおめでたいエピソードから始まった今作の中で私がいちばん心惹かれ、読んでいて楽しかったのは、アンちゃんが友達2人と連れ立って金沢旅行に行く話でした。
単純に若い女の子たちが旅先でわちゃわちゃやっている様子が楽しいですし、お寿司や海鮮丼などのグルメを満喫したり観光したりと金沢観光ガイドとしても使えそうな内容、それにさらにアンちゃんの和菓子探訪記とそれにまつわる人間ドラマが物語を盛り上げてくれるという、非常に盛りだくさんなエピソードです。
アンちゃんが訪れる「鈴木大拙館」、どうも金沢観光の穴場っぽいですが、アンちゃんの心理状態にぴったり合った場所のようで、心静かに思索を深められる施設に俄然興味を引かれました。
哲学者の記念館に和菓子にって、アンちゃん、はたちの女の子にしては渋すぎるチョイスだぞ、という感じもしますが、そこがアンちゃんらしさですね。
もともとキャピキャピしたところの少ないアンちゃんではありますが、ひとり心静かに過ごして自分なりの考えを巡らせる姿に、成人としての確かな成長が感じられました。


他にも、外国人のお客様が探している和菓子を見つけ出す手伝いをしたり、バレンタインデー催事で応援に派遣されてきた同い年のみつ屋の社員の仕事ぶりに刺激を受けたり、おせんべいの起源について調べてみたり、とアルバイトとはいえ日々忙しそうな様子のアンちゃん。
和菓子屋の店員として着々と経験を積んでいるのが頼もしくもあり、少しうらやましくもなりました。
基本的な仕事のやり方はすっかり身について、アンちゃんにとっては今がいちばん成長著しい時期なのではないかと思います。
アンちゃん自身も仕事を楽しんでいるようだし、店長も同僚もみんないい人ばかり。
こうなると気になってくるのは、アンちゃんが今後のことをどう考えていくのか、ということです。
まだ若いといっても、ずっとアルバイトという立場でいいのかということは当然アンちゃんも気にはするところでしょう。
特にやりたいことがあったわけでもないアンちゃんがみつ屋でアルバイトを始めたのにはそれほど大きな理由があったわけではなく、だからこそ催事で一緒になった同い年のみつ屋の社員が強い意思を持ってみつ屋に就職したという話に圧倒され、その社員と自分を比べて落ち込んだりもするのですが、アンちゃんとしても自分のペースでしっかり前に進んではいます。
大好きな椿店長がみつ屋を去る!?という最後のエピソードは、そんなアンちゃんに自分のキャリアを考えさせるきっかけになったことは間違いありません。
居心地のいい職場だからこそ、現状維持を望む気持ちもわかりますが、ずっとこのまま、というわけにはいかないのが人生ですからね。
椿店長のように、アンちゃんもいずれ大きな選択をすることになる未来を予感させる結末がとてもよかったです。


それにしてもアンちゃんの鈍感さはもはや芸術的な域に達していますね。
タイトルに「愛情」とあるだけに、中身が乙女な和菓子職人、立花さんとの関係がちょっとは進展するのかなと思ったら、そこは期待外れで肩透かし。
でもそれがアンちゃんらしさですし、シリーズはまだ続くのだからもう少しじらされるくらいでちょうどいいのかもしれません。
アンちゃんが成長していく様子を、これからも見守りたいです。
☆4つ。




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