tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『琥珀の夏』辻村深月


かがみの孤城』『傲慢と善良』の著者が描く、瑞々しい子どもたちの日々。そして、痛みと成長。
かつて、カルトだと批判を浴びた<ミライの学校>の敷地跡から、少女の白骨遺体が見つかった。
ニュースを知った弁護士の法子は、胸騒ぎを覚える。
埋められていたのは、ミカちゃんではないかーー。
小学生時代に参加した<ミライの学校>の夏合宿で出会ったふたり。
法子が最後に参加した夏、ミカは合宿に姿を見せなかった。
30年前の記憶の扉が開くとき、幼い日の友情と罪があふれ出す。

本屋大賞に輝いた『かがみの孤城』を読んだとき、なんて子どもの描き方がうまいんだろうと感心したものでしたが、その印象は本作でさらに強まりました。
単なる「純粋無垢な存在」として描かれておらず、幼いなりにきれいな部分も汚い部分もあるということがしっかり描かれているのがいいのです。
それはつまり、子どもを理想化するのではなく、大人と同じひとりの人間として対等な存在として捉えているということなのだと思います。
だからこそ、自分にも確かにこんな子ども時代があった、と共感できる。
もちろん、大人だけではなく子どもが読めばもっと共感できることでしょう。


本作はある女性の子ども時代の思い出を切り取りながら、その思い出に関連がある事件を追うサスペンス的な一面もある作品です。
辻村さんはミステリ作家でもあるので、謎の描き方も真相追求の過程もさすがの巧みさでぐいぐい読まされました。
弁護士の法子は「ミライの学校」というカルト的組織の施設で少女の白骨化遺体が見つかった事件に関して、「見つかった遺体は自分の孫ではないか」と案じる老夫婦の相談を受けたことから、「ミライの学校」の事務所を訪ねて行きます。
実は法子も小学生の頃、「ミライの学校」で夏休みに行われていた合宿に参加した経験があり、事件について調べていくうちに、白骨化遺体は自分がその合宿で仲良くなった同い年の少女・ミカではないのかという疑念を抱き始めます。
この「ミライの学校」というのは、宗教ではありませんがどこか宗教的な匂いのする団体です。
自らの頭で考えることのできる子どもを育てるという理念のもとに、幼い子どもたちを親から引き離し集団生活をさせ、「問答」と呼ばれるような特徴的な教育を実践しています。
それだけならば単なる思想性の強い教育団体と見ることもできますが、少女の白骨化遺体が見つかる前にも、「ミライの学校」は販売していた水に不純物が混入し健康被害を引き起こすという事件を起こしており、これはカルト視されても仕方ないかもと思えました。
けれども法子は小学生時代に参加した「ミライの学校」での合宿にそれほど悪い印象は持っておらず、マスコミが報じる内容とのギャップに違和感を感じながら白骨化遺体事件を追い、子ども時代には見えていなかった「ミライの学校」の真の姿を知っていくことになります。


物語前半ではミカや法子など、子どもの視点から描かれているためか、「ミライの学校」は100パーセントいいとは言えなくても悪とも言えず、むしろ通常の学校教育ではなかなか身につかない能力を引き出そうとしていたり都会の学校ではできない経験ができたりと、なかなかいいところなのではと思えました。
自然豊かな環境が子どもが育つにはいい環境であることは確かですし、実際子どもたちも楽しそうに活動し生活している。
けれども、白骨化遺体事件と、その事件におけるミカの関わりが次第に明らかになっていくにつれて、ひどく歪なところのある団体だという印象に変わっていきました。
「ミライの学校」の運営に関わっていた大人たちにしても、子どもたちを預けた親たちにしても、悪意は微塵もなく、自分たちが理想とする教育を実践しようという純粋な熱意が始まりだったのに違いありません。
ですが、自分たちの理想を追い求めるあまり、子どもたちの本当の気持ちや成長に、真正面から真剣に向き合うということがおろそかになってしまっていた。
ミカの「本当はお父さんお母さんと一緒に暮らしたい」という、かなえられることのない切実な願いは、大人には届きません。
そしてある大きな事件が起きて、決定的に傷つけられたミカ。
しかしその期に及んでもミカにきちんと、正面から向き合った大人は誰もいなかったのです。
ミカが信頼していた先生も、ミカの両親でさえも。
そうして30年という長い年月が経ち、法子が白骨化遺体事件を追うことになって、ようやくミカに救いの手が差し伸べられます。
子ども時代のミカに初めて真剣に向き合った大人は、30年後に大人になって現れた法子だったのです。
子ども時代のわずかな時間を一緒に過ごしただけの友達が、長い時間が経ってから救いに来てくれる。
その奇跡のような邂逅と結末とその先に広がる未来の予感に、心が震えました。


白骨化遺体事件の行方にハラハラし、ミカの苦しみに同情し、法子の「ミライの学校」への複雑な感情に心を痛め、と感情が忙しい物語でした。
法子が娘の保育園探しに疲弊しついに感情を爆発させるくだりでは、私も一緒に泣いてしまいました。
それでも本作は希望に満ちあふれた物語です。
苦しみ、傷つき、迷っているすべての子どもは、救われなければならないという、辻村さんの強い信念。
そして実際に救いが描かれた結末に、胸がいっぱいになりました。
☆5つ。




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