tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『スワン』呉勝浩


ショッピングモール「スワン」で無差別銃撃事件が発生した。死傷者40名に迫る大惨事を生き延びた高校生のいずみは、同じ事件の被害者で同級生の小梢から、保身のために人質を見捨てたことを暴露される。被害者から一転して非難の的になったいずみのもとに、ある日一通の招待状が届いた。5人の事件関係者が集められた「お茶会」の目的は、残された謎の解明だというが……。文学賞2冠を果たした、慟哭必至のミステリ。

『爆弾』が話題の呉勝浩さんの作品を読んでみたいと思って、吉川英治文学新人賞日本推理作家協会賞をダブル受賞した本作を選んでみました。
日本推理作家協会賞受賞作だし、帯に踊っている惹句もいかにもミステリらしいのですが、実際のところはそこまでバリバリのミステリというわけでもありませんでした。
個人的にはミステリ以外の部分に大いに引きつけられた作品です。


日本最大級のショッピングモール「スワン」で起こった無差別銃撃事件を辛くも生き延びた5人の人物が、事件で亡くなったある高齢女性の死にまつわる謎を解くために「お茶会」に召集されます。
そこで5人は各々が事件の最中にどんな行動をとっていたかを話すのですが、いずれの人物も黙秘したり、何かに怯えているようだったり、他のメンバーに対し攻撃的だったりと、どこか不安定で本心がうかがい知れない人物ばかりです。
事件発生直前の様子はそれぞれの人物の視点で描かれますが、事件後の視点は高校1年生のいずみの視点に絞られます。
自分をいじめていた同級生からの呼び出しでスワンを訪れたいずみは、犯人のひとりに銃を突き付けられ、目の前に跪かされた他の客たちをどの順番で殺すか選ぶよう強要されるという、事件の生存者の中でも最も過酷な目に遭わされていました。
しかも事件後、入院した病院の屋上で気晴らしに好きなバレエを踊っているところを撮った動画がインターネット上で拡散され、不謹慎だと誹謗中傷が殺到する騒ぎになります。
そんな、客観的に見ると二重の被害に遭ったまったくの被害者としか思えないいずみですらも、何かを隠し、企んでいるらしいということが読み進めるうちにわかってきて、いずみを含めた5人の「お茶会」参加者はどこまで本当のことを語っているのか、彼らは本当に「ただの」被害者なのだろうか、と疑心暗鬼になりながら読むことになりました。


5人それぞれの「嘘」が明らかになり、ミッシングリンクや事件における謎が解明されていくというミステリ的な面白さはもちろんあったものの、個人的にはいずみの心理描写にもっとも心動かされました。
いずみが遭遇した事態は、理不尽としか言えないものです。
もちろんただショッピングモールに居合わせただけの人たちが40人も死傷したという事件自体があまりにも理不尽で、犯人の動機や意図も到底理解できるものではないのですが、事件後のマスコミや匿名のネットユーザーたちの反応も理不尽以外の何物でもありません。
でも、実際に同じような事件が起きたら同様の理不尽な被害者叩きは起こり得るだろうなというのも容易に想像されて、そのことに背筋が寒くなります。
それでもいずみ自身は至極冷静です。
大騒ぎの世間に比べると、本人はむしろ落ち着いているようにすら思えます。
それは、マスコミや世間が何と言おうと、結局事件のことは事件に巻き込まれた当事者にしかわからない真実があるのだと、彼女自身が的確に認識しているからです。
いずみが事件のさなかに何を思い、何を考え、どう行動したかはいずみにしかわかりません。
銃を持った犯人に直面し、自分も殺されるかもしれないという極限状態における行動が正しいものだったかどうかをジャッジする権利は、事件現場にいなかった第三者にあるわけがないのです。
事件現場における真実も、それによって受けた心の傷も、いずみをはじめとするすべての被害者たちだけのもの。
それを知るすべのない多くの第三者は、ただ事件を自分が鑑賞したい物語として消費し、時が経てばいずれは忘れていくのでしょう。
けれどもいずみたち被害者の事件の記憶はいつまでも消えず、それでも彼らは生きていかねばならない。
それを自覚したいずみの強さと決意を象徴するラストシーンが胸を打ちました。


自分も「物語」が好きな人間なので、作中の世間の人々と同じように事件を物語として消費し、好き勝手な意見や感想を述べたりしてしまうのではないかと思いぞっとしました。
そうならないために、被害者たちのことを理解し寄り添うためには、どうすればいいのだろう。
あるいは、自分が被害者側になったら、過酷な経験の記憶を抱いてどう生きていけばいいのだろう。
こんな恐ろしい事件が起こらないことを祈りつつ、自分だったらどうするか?を考えずにはいられませんでした。
☆5つ。