tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『まち』小野寺史宜


両親を亡くし、尾瀬の荷運び・歩荷を営む祖父に育てられた江藤瞬一は、後を継ぎたいと相談した高三の春、意外にも「東京に出ろ」と諭された。よその世界を知れ。知って、人と交われ――。それから四年、瞬一は荒川沿いのアパートに暮らし、隣人と助け合い、バイト仲間と苦楽を共にしていた。そんなある日、祖父が突然東京にやってきて……。孤独な青年が強く優しく成長していく物語。

2019年本屋大賞の2位になった『ひと』から続く物語です。
といっても純粋な続編というわけではなく、主人公も異なりますが、『ひと』に登場した人物がちらりと登場するのがうれしいところ。
物語に流れる優しい空気感も『ひと』と共通したものでした。


主人公の青年・江藤瞬一は、小学生の頃の自宅兼宿屋の火事で両親を亡くし、以後は「じいちゃん」に育てられました。
高校卒業後はじいちゃんに勧められて生まれ育った群馬県の村を出て、東京でアルバイトをしながらひとり暮らしをしています。
東京というとどうしても「東京砂漠」といった言葉でイメージされるような、人情のない冷たい街という想像をしてしまいますが、瞬一が住む世界は非常に人情味のあるあたたかい場所として描かれています。
東京といっても中心部ではないから、と考えることもできますが、実際のところ東京が他の街と比べて極端に人情味のない街というわけではないんだろうな、と思いました。
なんといっても、人間はひとりでは生きていけない生き物だからです。
お金を稼ぎ、買い物をしたり食事をしたり遊んだり、と社会の中で生活を営んでいくためには、人との交わりは避けて通れません。
瞬一もじいちゃんのアドバイスに従ってアパート入居時に近隣に挨拶をしに行ったり、アルバイト先で出会った同僚や先輩たちとともに働いたりしているうちに、決して広くはないけれど老若男女さまざまな人たちとの関係を築いていきます。


特にアパートの隣に住む敦美さんと彩美ちゃんという母子とは、虫退治を瞬一が請け負ったことから交流が生まれて信頼関係ができ、ついには母子の家庭の事情まで知ることになります。
引っ越し屋のバイトで出会ったバイト仲間の万勇 (まんゆう) にはひょんなことから就職先の仲介をすることになったりもします。
人と人とのつながりが、また次の新しいつながりを生む。
瞬一は決して社交的なタイプというわけではありませんが、そうやって少しずつ確実に人間関係を、住む世界を広げていき、その中で成長していく様子が描かれます。
たったひとりで東京に出てきて不安もなかったわけではないでしょうが、着実に街になじんでいき自分の生活を確立していく瞬一の姿が非常に頼もしく心強いです。
そんなふうに瞬一が「きちんと生きていける」のは間違いなくじいちゃんのおかげでしょう。
尾瀬の山道で荷運びをする「歩荷」 (ぼっか、というのですね。本作で初めて知りました) だったじいちゃんは、実直を絵に描いたような人です。
人との関係を大切にしろと瞬一に説くじいちゃんの言葉には説得力がありますし、重い荷物を背負って山道を歩いていくその力強さがそのまま人となりになっていてとてもかっこよく、瞬一の自慢のじいちゃんなんだということが腑に落ちます。
ある日じいちゃんは高速バスに乗って尾瀬から出てきて瞬一のアパートに滞在しますが、特に東京見物をするわけでもなく、瞬一の知人たちに丁寧に挨拶をしてまわるのが非常に印象的です。
その後、じいちゃんの東京滞在の真の理由が唐突な形で明かされるのですが、そこには孫の瞬一を思う気持ちがあふれていて、胸がいっぱいになりました。
瞬一が早くに両親を亡くすという過去を背負っていてもそれほど悲劇的にも重くも感じられないのは、じいちゃんの愛情がたっぷり瞬一を包んでいるからであり、じいちゃんの教えで周りの人たちを大切にする姿勢が自然に瞬一に備わっているからなのです。


「ひと」に続いて、若者の成長ぶりがさわやかであたたかい物語でした。
ほかの登場人物も、一部を除いて優しい人たちばかり。
読んでいてホッとするような気持ちのよい「まち」のお話でした。
☆4つ。
ところでアパートの呼び鈴の「ウィンウォーン」という擬音がなんだかとても気に入りました。
「ピンポーン」より確かに実際の音に近い気がする!