tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『四畳半タイムマシンブルース』森見登美彦 / 原案・上田誠


8月12日、クーラーのリモコンが壊れて絶望していた「私」の目の前にタイムマシンが現れた。後輩の明石さんたちと涼しさを取り戻す計画を立て、悪友どもを昨日へ送り出したところでふと気づく。過去を改変したら、この世界は消滅してしまうのでは……!? 辻褄合わせに奔走する彼らは宇宙を救えるのか。そして「私」のひそかな恋の行方は。
小説『四畳半神話大系』と舞台「サマータイムマシン・ブルース」の奇跡のコラボが実現!

森見さんの初期の作品『四畳半神話大系』の登場人物たちが、上田誠さんの舞台「サマータイムマシン・ブルース」のストーリーでわちゃわちゃするという、なんとも楽しい作品です。
相変わらず自由で間抜けで阿呆な大学生たちが繰り広げるタイムマシン騒動。
頭を空っぽにして楽しめました。


主人公の「私」が下宿する「下鴨幽水荘」 (このおどろおどろしい名前がまた良い!) に、ある夏の日突然現れたのは、なんと某国民的マンガに登場するのとそっくりなタイムマシンでした。
ポンコツ映画サークルに所属する小津や1年後輩の明石さん、万年学生の樋口氏など、個性豊かな面々がそのタイムマシンを使って時空を超える旅をするのですが、はたと気づいたのは、過去を改変してしまうとこの世界は消滅してしまうのではないかということ。
かくして世界消滅の危機を何とか回避しようと、「私」たちはつじつまを合わせるべく奮闘することになります。
四畳半神話大系』もSF風青春小説だったので、いきなりタイムマシンが登場しても何も違和感がないのがいいですね。
このメンバーだからこそ、このストーリーにうまくはまったのだと納得するばかりです。
タイムマシンを発見した「私」たちの反応も素晴らしい。
普通は警戒して、実際に使ってみようとはなかなか思わないのではないかという気がしますが、このメンバーなら乗っちゃうよね、タイムスリップしちゃうよね、とこれまた納得の展開です。
しかもそんなお気楽な阿呆学生たちでありながら、そこは京都大学をモデルとする最高学府の学生で頭はいいものだから、いろいろ考えた (考えすぎた?) 結果、自分たちのやっていることが世界消滅につながるかもしれないと真剣に恐れて、過去を改変してしまわないよう必死になるというのが、本人たちの必死さ具合に反して読者としては面白くてたまりませんでした。
しかも、一癖も二癖もある人物ばかりなので、1日前の過去に戻って自分たちの行動のつじつま合わせをしようとしても、なかなか思い通りにはなりません。
自分たちですら予測がつかない過去の自分たち、という構図がとても愉快です。


SFっぽい側面はもちろん、青春小説としてもさすがは森見さん、めっぽう面白いです。
今回は「私」が後輩の明石さんに密かな恋心を抱いているのですが、なかなかうまくアプローチできず、ただの友達止まりで終わってしまうのかと思いきや、タイムマシンのおかげで明石さんを五山送り火に誘うことに成功するという逆転劇が起こります。
明石さんを想いながらも一歩踏み出せない「私」の背中を押すのが、まさかの明石さん本人というのが面白いです。
カップル成立したら明石さんの尻に敷かれそうだなぁ……なんて想像していたら、恋の結末についてはうまく濁されてしまいました。
可愛らしさもあるものの、ちょっとどこか変わったところもある明石さんと「私」がどんな関係を育んでいくのかを読んでみたかったのですが、それが書かれていない理由は最後の一行に示され、う~んなるほど、と納得で唸ったのでした。
もうひとつ気になるのは、「運命の黒い糸で結ばれている」という小津と「私」の関係です。
ある意味「私」にとっては明石さんよりも縁が深いと言えないこともない小津との友情 (?) が未来ではどうなっているのか、せっかくのタイムマシンなのだから見てみたかったという気がします。
それから、明石さんと「私」の恋の行方を知った小津の反応も。
この辺りは自分で想像して楽しみなさいということかもしれませんが、あんな場面やこんな場面を見たかったとあれこれ思えるのは、やはり登場人物のキャラクターが立っているからこそなのでしょう。


真面目なSF小説ではないので、タイムパラドックスの細かい点をツッコむとあれこれ矛盾もあるのかもしれません。
何も難しいことは考えず、ただただ阿呆な大学生たちの青春コメディーを気楽に楽しむのが正解です。
9月にはアニメ映画が公開されるとのこと、確かにドタバタと楽しくて、タイムトラベルの様子や個性際立つ登場人物たちなど、ストーリー的にもビジュアル的にもアニメにふさわしい題材で期待が持てます。
☆4つ。




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