tontonの終わりなき旅

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『黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続』宮部みゆき


文字は怖いものだよ。遊びに使っちゃいけない――。江戸は神田にある袋物屋〈三島屋〉は、一風変わった百物語を続けている。これまで聞き手を務めてきた主人の姪“おちか”の嫁入りによって、役目は甘い物好きの次男・富次郎に引き継がれた。三島屋に持ち込まれた謎めいた半天をきっかけに語られたのは、人々を吸い寄せる怪しい屋敷の話だった。読む者の心をとらえて放さない、宮部みゆき流江戸怪談、新章スタート。

宮部さん流変わり百物語シリーズも6作目になりました。
順調に続編が刊行されていて、本気で百話目まで語ることを目指しているのだろうなというのが感じ取れます。
しかし6作目のタイトルは漢字ばかり18文字も並んでいて、なんだかとてもいかつい印象を受けますね。
主人公が5作目までのおちかから、男性の富次郎にバトンタッチされたから?などと想像してみましたが関係はないようです。


とある豆腐屋の女性たちが次々に淫らな変貌を見せる第一話「泣きぼくろ」、村の中である一家の女だけ花見を禁じられている謎に迫る第二話「姑の墓」と、最初の2話はどちらも女性にまつわる話でそれぞれ不気味で怖いのですが、個人的には男性が主人公となる第三話の「同行二人」と第四話の表題作の方が印象に残りました。
第三話は両親と女房子どもを病気で一度に失った飛脚の男が走っていると、赤い襷をつけたのっぺらぼうの男が後ろにくっついて一緒に走ってくるという話です。
赤い襷の男はもう明らかに幽霊で、幽霊にずっとついてこられるというのは恐怖でしかありません。
ですが、その幽霊の正体がわかると、印象は「怖い」から「切ない」に変わります。
大切な人を理不尽な死によって失うという経験をする人は、江戸時代には現代よりもずっと多かったことでしょう。
ですが、経験が多いからといって、あるいは多くの人が経験することだからといって、悲しみが現代よりも小さかったというようなことは、おそらくない。
怪談という形を取りつつ、その深い悲しみにそっと心を寄せるような物語の紡ぎ方はいかにも宮部さんらしく、胸に沁みます。


そして第四話「黒武御神火御殿」は、この一話だけで1冊の本にしてもいいくらいの大ボリュームでした。
これはいわゆる神隠しの話で、乳母の家に金の無心に行こうとした札差の放蕩息子がその途中で武家屋敷に迷い込みます。
その武家屋敷で起こった怪異は、非常に恐ろしく危険なものでした。
この話は怪異の結末が最初にわかっている状態で語られるのですが、それでも一体どうなるのか、何が起こるのかとハラハラしながら読むことになりました。
ハラハラドキドキ具合ではシリーズ随一と言えます。
こんな恐ろしい武家屋敷が現実にあるわけがない、と思ってはみるものの、やたら生々しく迫力のある描写に、自分も屋敷に迷い込んだかのような臨場感を味わい、お化け屋敷の中を歩いているかのようにビクビクしながら読み進めました。
最終的にはかなり悲惨で悲劇的な結末を迎えるのですが、そんな中にも放蕩息子と武家屋敷で出会った女中との間にあたたかな心の通い合いを描いているのがこれまた宮部さんらしいところでしょうか。
いくつかの謎が謎のまま残るというのが想像力をかきたてられてこれまた怖いのですが、まったく救いのない話ではないところに作者の優しさを感じました。


今回からおちかに代わって百物語の聞き役を務めることになった富次郎は、さすがにおちかに比べるとまだ肝の座っていないところがありますが、その優しく素直な人柄は、不気味で奇怪で恐ろしい物語の合間合間にホッと息をつかせてくれるようなあたたかい味わいを添えています。
甘味好きの富次郎が自ら選んだ季節の甘味が語り手にお茶請けとして供されるのですが、それがまたおいしそうで、次はどんなお菓子かなと怪談の内容とともに楽しみでした。
可愛らしい新妻になったおちかが登場したのもシリーズ読者としてはうれしいところです。
旦那さんの職業柄、今後もおちかは登場するのではないかと思えますし、富次郎が語り手としての経験を積んでいくうちにどのような心境の変化や内面の成長を見せるのか、シリーズとしての新たな楽しみが増えて、今後への期待が膨らみます。
☆4つ。




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