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『あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続』宮部みゆき


三島屋の主人伊兵衛は、傷ついた姪の心を癒やすため、語り捨ての変わり百物語を始めた。悲しみを乗り越えたおちかが迎える新たな語り手は、なじみの貸本屋「瓢箪古堂」の若旦那勘一。彼が語ったのは、読む者の寿命を教える不思議な冊子と、それに翻弄された浪人の物語だった。勘一の話を引き金に、おちかは自身の運命を変える重大な決断を下すが…。怖いけれども癖になる。三島屋シリーズ第五弾にして、第一期の完結篇!

「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」がモットーの変わり百物語ももう5作目。
作者の宮部さんは「スローペース」なんておっしゃっているけれど、そんなこともないように思います。
毎回たっぷり読み応えのある1冊を届けてくれるので、「読み足りない、早く次を!」というような渇望感がないからかもしれません。
もちろん他のシリーズものと同様、続きが楽しみなのは変わりないのですが。


さて、そんな5作目は、物語が大きな転機を迎えることになりました。
「第一期の完結篇」と称されているとおり、なんと主人公交代という大技が繰り出されています。
それについては後で触れるとして、まずはやはり今作も怪談ものとして非常に読み応えがあり、面白く、そして考えさせられたということを言っておかねばなりません。
「行き逢い神」という女の姿をした神に憑りつかれ、欲望や願望を叶える代わりに家族の命を次々取られていった悲惨な話「開けずの間」から始まり、「もんも声」というあやかしを呼び寄せる声の持ち主の女性がお城に奉公に上がった時の話「だんまり姫」、災いをもたらすお面を守る家を描く「面の家」、シリーズを通しておなじみの貸本屋「瓢箪古堂」の若旦那が語る「あやかし草紙」ときて、最後は三島屋の長男と次男が兄弟仲良く酒を酌み交わしながら語る「金目の猫」で締められています。
どれも程よい怖さで、人間の業や欲深さに直面させられます。
今回私が一番気に入った話は「だんまり姫」でした。
「もんも声」という不思議な声の設定がユニークで、その声の持ち主であるおせいがお城に奉公に上がり、生まれてからずっとしゃべることなく黙ったままのお姫さまに仕え、やがてその城で起こった恐ろしい出来事を知るという筋書きも、先が読めない面白さがありました。
この話には城の跡取りとなるはずだった男の子の幽霊が登場するのですが、その子がなんとも健気で泣かせます。
幽霊となった経緯を思えば、誰かを恨んだり怒り狂ったりしても無理はないところなのですが、そうはならず国を民を守ろうというのは大人でもなかなか難しいことだと思います。
そんな跡取りの子を救おうと文字通り奔走したおせいの気持ちもあたたかくて優しく、話を聞き終えたおちかが涙を流すのに、心から共感できる一編でした。
怖いのに心がほっこりするというのは、宮部さん流怪談の真骨頂ですね。


大きく話が動いたのは第四話にして表題作の「あやかし草紙」です。
この話を最後に、おちかは3年にわたって務めた変わり百物語の聞き役を降りることになります。
もともとおちかが変わり百物語の聞き役になったのは、彼女自身が体験したある恐ろしい出来事による心の傷を癒すためでした。
おちかの伯父である三島屋の主人・伊兵衛の狙いが当たって、おちかの心が少しずつほぐれていき、立ち直っていく様子をこれまでのシリーズ既刊で着実に読んできた読者としては、ついにおちかが新たな旅立ちの時を迎えることになったのは非常に喜ばしく、感慨深いものがあります。
それも、誰かが手引きして新しい道へ導いたというのではなく、彼女自身が選び、決断して聞き役からの卒業となったというのが何よりもうれしいのです。
最初は傷ついていて弱々しい印象もあったおちかに、本来の芯の強さが戻ってきて、なんとも彼女らしい選択をしたものだと感嘆しました。
もちろん、一方でもうおちかが主役の話は読めないのかと、寂しさがあるのも事実です。
けれどもその寂しさは、おちかから聞き役を引き継ぐことになった三島屋の次男・富次郎の、おちかとは違った魅力が消し去ってくれそうです。
おちかのことを思いやる優しい従兄で、おいしいもの、甘いものに目がないという親しみやすいキャラクターに好感が持てます。
絵心があって、百物語を聞いた後はその物語を絵に描いてみるというのも、おちかとは違った視点を持ったいい聞き役になりそうな予感がします。


シリーズものとしてはひとつの区切りがつきましたが、百物語 (99話まで語られるようです) はまだまだこれから。
新しい聞き役の富次郎がどんな奇妙で怪しげで恐ろしいお話に出会うか楽しみです。
おちかも聞き役ではなくなったとはいえ、遠くへ行ってしまったわけではないのでまた物語に登場してきてくれることでしょう。
シリーズの行く先がさらに楽しみになりました。
☆5つ。




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