tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『きたきた捕物帖』宮部みゆき


まだ下っ端の見習い岡っ引きの北一(16歳)は、亡くなった千吉親分の本業だった文庫売り(本や小間物を入れる箱を売る商売)で生計を立てている。やがて自前の文庫をつくり、売ることができる日を夢見て……。
北一が、相棒・喜多次と出逢い、親分のおかみさんの協力を得て自立し、事件や不思議な出来事を解き明かしていく、優しさあふれる捕物帖。

宮部さんの新シリーズ開幕を告げる作品です。
宮部さんの時代小説シリーズといえば「三島屋変調百物語」シリーズが現時点で7作目まで刊行されていて、宮部さんのライフワークとしてまだまだ書き続けられていくことが宣言されています。
そしてなんとこの「きたきた捕物帖」シリーズも「生涯書き続けたい」のだとか。
作家歴30年近くになって尽きることのない旺盛な創作欲を目の当たりにし、ファンとしてはうれしい限りです。


「三島屋変調百物語」は怪談ものですが、今回はタイトルにあるとおりの捕物帖 (捕物「帳」ではない理由も、巻末の解説を読んでなるほどなと思いました) です。
ということはミステリ色強めになるのかな、ミステリ好きとしてはうれしいな、と思っていましたが、ふたを開けてみれば確かに謎解きが物語の中心ではあるものの、怪談めいた話もあって、なるほど宮部さんの好きなものと好きなものを組み合わせたのだなあと、納得する思いでした。
主人公の北一は幼い頃に両親と生き別れになり、岡っ引きの千吉親分のもとで育ちます。
北一が16歳のある日、千吉親分はふぐの毒にあたって急死し、北一は岡っ引きとしても、千吉親分の本業だった文庫屋としても、ひとり立ちを目指して見習い稼業をすることになりました。
まだまだ半人前の北一は多くの大人たちの助けを借りながら、さまざま事件と商売に取り組んでいくことになります。
北一が住む長屋の差配人・富勘さん、たまたま北一と知り合って何かと手助けしてくれる侍・青海新兵衛など、人間臭くて魅力的な人物が続々と登場しますが、中でも私が一番惹かれたのは、千吉親分のおかみさんである松葉という女性です。
彼女は盲目で、目が見えないぶん音や気配、匂いなどの感覚が非常に敏感、まるで千里眼のようにさまざまなことを察知して北一を驚かせます。
そのおかみさんがミステリにおける安楽椅子探偵のような役割を果たし、北一に事件解決のための知恵を授けるのですが、いざという時には自ら現場へ出て行って捕物に加わるというのがなんとも格好よくてしびれました。
その行動力も、頭のよさも、現代のキャリアウーマンに通じるような強さとしなやかさを感じさせます。
まだまだ未熟な北一にとって、おかみさんはよき師匠でもあり、母親代わりでもありで、このシリーズの主人公ではないながらも大黒柱のような存在になっていきそうな予感がしました。


そんな頼れる大人たちの助けを借りながら北一が立ち向かう事件は、どこか奇妙で面妖なものばかりです。
第一話では、一発で正しい位置に目鼻口を置かないといけないという呪いの福笑いが登場します。
福笑いは変な顔が完成するのを見て楽しく笑うものですが、呪いの福笑いはまったく逆で、気持ち悪さが募りました。
そして第二話では遊んだ子どもが神隠しにあうという双六が登場します。
2話続けて子どもの玩具の話ですが、まったく微笑ましくないどころか不気味で恐ろしいというのが、市井の人たちの日常生活の中に潜む闇や怪異を描き続ける宮部さんらしいお話です。
第三話では富勘さんがどこかに拉致され、第四話ではある男女の祝言に男の死んだ元妻を名乗る女が現れたのをきっかけに関係者が連続で亡くなるという、事件らしい事件が描かれます。
ミステリ度が急に上がるこの2話には、北一の相棒となる喜多次が登場するのですが、出自が謎の人物で、何やらただ者ではなさそうです。
この喜多次の登場で物語が捕物帖らしくなると同時に、どこか気弱で頼りないところのあった北一にも岡っ引きとしての自覚が芽生えていき、物語が一気に面白くなりました。
岡っ引きとしての活動を通して文庫売りの商売の方も独り立ちするめどがたち、大人への第一歩を踏み出す結末が非常にさわやかで、今後のシリーズ続刊への期待が高まります。


シリーズ1作目ということで、舞台となる町や登場人物たちの紹介から始まりまだまだ導入部ではありますが、ミステリ、怪異、北一の成長物語、北一と喜多次のバディものと、多彩な物語を楽しめるシリーズになるだろうという予感に満ちています。
北一はどんな岡っ引きになるんだろう、喜多次の過去もおいおい語られていくのかな、おかみさんは次はどんな能力を発揮して驚かせてくれるだろう――と、早くも続刊が楽しみでなりません。
☆4つ。