tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『イエロー・サブマリン 東京バンドワゴン』小路幸也


堀田家は朽ち果てそうな日本家屋で「東亰バンドワゴン」という古書店を営んでおります。店主の勘一も米寿、曽孫の花陽も成人とおめでたい日を皆で祝うこともできました。作家をしている紺のもとに盗作を非難する手紙が届いたり、中身を読まずに見返しだけで古書を購入する中学生が訪ねてきたりなど、事件は起きますが、大丈夫。私たちには、この「家」があるから。家族小説シリーズ第15弾。

毎年春のお楽しみ、「東京バンドワゴン」シリーズ。
今作は記念すべき第15弾。
だからというわけでもないのでしょうが、おめでたい話題が満載で明るい雰囲気の巻になっています。


おめでたい話題その一は、勘一がついに米寿を迎えました。
しかし相変わらず元気そのもので、まったく年齢を感じさせません。
おなじみの朝食風景での、ちょっと変な味覚も健在です。
勘一と共に暮らす曾孫のうち、花陽は成人しました。
これがおめでたい話題その二です。
その三は、もうひとりの曾孫・研人が高校を卒業し、晴れてプロの専業ミュージシャンとなりました。
そして、研人と言えば、高校を卒業したら幼なじみの芽莉依 (めりい) ちゃんと結婚すると公言していましたが、行動力のある研人のこと、もちろん有言実行です。
これがその四で、芽莉依ちゃんの大学進学がその五でしょうか。
成績優秀な芽莉依ちゃんが無事に東大に合格したのかも、本書の読みどころです。
いやはや、これだけおめでたい話題が続くと、読んでいる方もなんだかうれしく楽しい気分になってきますね。
15冊にもわたって見守ってきた堀田家のお祝い事は、もはやご近所さんのお祝い事のようなものです。
幸せな気分をおすそわけしてもらいました。


そうした一家のライフイベントの合間に、ちょっとした「事件」が起こるのがこのシリーズの楽しいところです。
今回はご近所さんや堀田家の誰かの知人友人に関する事件ではなく、本にまつわる事件が多く、どこか原点回帰を感じました。
古書店が舞台の作品なのですから、本に関する話を読みたいのでうれしいことです。
「絵も言われぬ縁結び」では、西洋画家と小説家による幻の合作本が登場します。
非常に美しい造本で小説としても完成度が高いという合作本、本当に存在するならぜひ読んでみたいと本好きなら思わずにはいられません。
「元のあなたの空遠く」は、近年作家として少しずつ人気が出てきた紺の物語です。
紺の作品が盗作であるという内容の手紙が届くという、ちょっと気持ちの悪い話ですが、そこから物騒な展開にはならず、どこか心温まるところに落ち着くのがこのシリーズらしいですね。
この話では堀田家の女性陣によるガールズトークも楽しめました。
「線が一本あったとさ」では、中学生の女の子が古書店東京バンドワゴン」にやってきて、本の見返しだけを見て何冊か購入していくという、ちょっと不思議な出来事が描かれます。
その女の子、行動が変でも礼儀正しい子なので悪い子ではないだろうと思いながら読んでいましたが、その変な行動の理由が明らかになってみれば、まあなんていい子なんだ!と感嘆してしまいました。
――とここまではいい人ばかり登場している印象でしたが、最終話の「イエロー・サブマリン」だけは悪人が登場します。
大立ち回りというほどではないにしても、一家が協力して悪人を捕まえる展開に胸がすく思いでした。
そしてその先にはまたひとつおめでたいことが。
結局のところ、最初から最後までおめでたい雰囲気だったのでした。


長く続いているシリーズだけに、マンネリ化している部分がないとは言えないものの、登場人物たちが年をとって、さまざまな変化を経験していく様子を読むのは楽しいものですし、最初は子どもだった花陽や研人が立派に大人になっていく姿には感慨もあります。
まだ幼い鈴花ちゃんかんなちゃんがどんなふうに成長していくのかも楽しみですし、結婚したカップルの間にはまた新しい命が誕生することもあるでしょう。
番外編で堀田家の面々の知られざる過去が描かれるのも待ち遠しいし、結局このシリーズはこれからもまだまだ先が楽しみなシリーズであることは間違いありません。
次作も楽しみにしています。
そういえば本作では令和の世になったという記述が出てきましたが、コロナ禍について描かれることはあるのかなぁ……。
☆4つ。




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