tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『うつくしが丘の不幸の家』町田そのこ


築21年の三階建て一軒家を購入し、一階部分を店舗用に改築。美容師の美保理にとって、これから夫の譲と暮らすこの家は、夢としあわせの象徴だった。朝、店先を通りかかった女性に「ここが『不幸の家』だって呼ばれているのを知っていて買われたの?」と言われるまでは――。わたしが不幸かどうかを決めるのは、他人ではない。『不幸の家』で自らのしあわせについて考えることになった五つの家族をふっくらと描く、傑作連作小説。

『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞された町田そのこさんの作品を読んでみたくて、でも『52ヘルツのクジラたち』の文庫化はまだ先だろうし……と思っていたところに文庫化されたのがこの作品。
気になった作家さんは気になった時に読まないと。
ということで迷わず手に取りました。


「うつくしが丘」とは郊外の住宅地の名前です。
そこに建つ1軒の家は、以前そこに住んでいた家族が一家離散したという噂をもとに、「不幸の家」と呼ばれていました。
第一章は、そんなことは知らずにその家を購入し、一階を改装して理美容室を開店しようとしている夫婦の話です。
その後、第二章から第五章まで、この「不幸の家」の歴代の住人たちの物語が時系列をさかのぼる形で描かれていきます。
話が進むにつれて、少しずつ「不幸の家」にまつわる小さな謎が解けていくのが楽しかったです。
家の中の壁に打ち付けられている謎の釘の正体も、子どもが書いたらしき落書きの正体も、庭に枇杷の木が植えてある理由も、読み進めるうちに「ああそういうことだったのか」と納得し、何度もスッキリ感が味わえました。
そしてもちろん、この家が「不幸の家」と呼ばれる理由となった「一家離散」の真相も、早々に第二章で明らかになるのですが、それは確かに一家にとって大きな事件だったかもしれないけれど、第三者によって勝手に「不幸」と決めつけていいようなものではありませんでした。
ご近所の噂話というのはどこにでもあるものだと思いますが、そういう噂話がいかに信用できないかわかるというものです。
第一章に「しあわせは人から貰ったり汚されたりするものじゃないわよ。自分で作りあげたものを壊すのも汚すのも、いつだって自分にしかできないの」という言葉が出てきますが、この言葉こそが本作を貫く最大のテーマとなります。


全5章のうち、私が一番気に入ったのは第二章でした。
「不幸の家」と呼ばれるようになった理由が描かれる章で、ある意味で本作の要となる章だということもありますが、近所で噂されている「一家離散」とは程遠い、バラバラだった家族がひとつになっていく展開に胸がすく思いがしました。
語り手の主婦・多賀子は夫とはうまくいっておらず、娘には進路にまつわる親子喧嘩の末に家出され、高校生の息子には反抗的な態度を取られるという、なかなかつらい状況にあります。
そんな時に飛び込んできたのは息子が恋人を妊娠させたという思いも寄らない知らせでした。
多賀子の夫は娘には夢を追うことを許さず自分の考えを押し付けた一方で、恋人を妊娠させた息子に対しては大学に行かせてやろう、子どもはこの家で多賀子の協力も得ながら育てればいい、と非常に甘い言葉をかけます。
息子の方もそんな父親の言葉に甘える気満々。
多賀子の苦労に同情しつつ、娘が家を出た理由にも納得がいきます。
けれども、多賀子の娘も、息子の恋人も、若いのに非常にしっかりした自立した女性でした。
このしっかり者の女性たちにガツンと言われて反省する父親と息子という構図が痛快ですし、この2人の男性も別に性格がねじ曲がっているというわけではなく、最終的にはきちんと女性たちの話を聞いて自らを省みることができる柔軟性を持っていることがわかり、救われる思いになります。
そして、多賀子の夫が言う、「この家は自分たちには似合っていなかった」という言葉が少し意外でした。
彼が言うには、家が広すぎて、結果として家族の距離が離れてしまったと。
ゆったりとした広い家というのは宣伝文句にもなりますし、いい意味で捉えられることが多いように思います。
ですが、広いことが必ずしもすべての家族にとって理想だというわけではないのですね。
家というのは、そこに住む家族次第で、「いい家」にも「悪い家」にもなるのだなと気づかされました。


どの話も住人にとって不幸な出来事が描かれますが、みな自分たちの力で難題を乗り越えて、第一章の夫婦以外は前向きな気持ちで「不幸の家」を出ていきます。
それが非常に心地よく、心が晴々とするような読後感に包まれました。
「不幸の家」には幸せも不幸せもどちらもあるけれど、それってどんな家でも同じではないのかな。
結局、家とは家族そのものだから。
☆4つ。