tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード 東京バンドワゴン』小路幸也


曽孫の研人も高校を卒業し、バンド〈TOKYO BANDWAGON〉の活動に専念するようです。御縁もありまして、アルバムのレコーディングはイギリスで行える幸運に恵まれました。我南人の引率で藍子とマードックの家を訪れる堀田家一行。ですが、突然マードックが姿を消してしまい、なにやら事件の匂いがします。仲間達が総動員で不可解な誘拐と美術品盗難の謎に迫るミステリー風味のシリーズ第16弾。

毎年4月のお楽しみ、「東京バンドワゴン」シリーズの16作目が文庫化されました。
今回は番外編ということで、いつもの連作短編ではなく長編になっています。
舞台がイギリスということもあってか、いつもより少しスケールが大きくて、でも間違いなくいつもの「東京バンドワゴン」の世界、という新鮮さと安心感が入り混じる物語が楽しめました。


番外編でも語り手はいつものサチおばあちゃん。
すでに他界しており、幽霊的な存在 (ホラーチックな雰囲気はまったくありませんが) として堀田家をいつも見守っています。
今回の物語では、このサチさんの行動範囲もぐんと広がっています。
高校を卒業し、幼なじみの芽莉依ちゃんと結婚した研人に、我南人の友人であるイギリスのロックミュージシャン・キースから、お祝いとしてイギリスでのオリジナルアルバムのレコーディングをしないかという話が舞い込みます。
もちろん大喜びでその申し出に飛びついた研人と、甘利君、渡辺君の「TOKYO BANDWAGON」メンバーたちは、引率役の我南人とともにイギリスへ旅立つのですが、そこで待っていたのは藍子の夫であるマードックさんが突然姿を消すという事件でした。
舞台はイギリス、そこで起こる不可解な事件というミステリ的展開にワクワクします。
どうやら美術品に関係する事件らしいということはわかっているのですが、善人の塊のようで決して犯罪に巻き込まれるようなタイプではないマードックさんがなぜ突然失踪したのか、一体どこに行ってしまったのか、失踪前に警察が訪ねてきたこととの関連性は?……と謎が謎を呼ぶ展開に引き込まれました。
普段の短編でもミステリ的展開はあるのですが、やはり長編だとじっくり丁寧に謎を仕込んだり伏線を張ったりできていて、読み応えは格段にアップしています。
サチさんに加えてもうひとりの語り手となる、イギリスの警察官で日系人のジュン・ヤマノウエの視点から描かれる警察サイドの物語も新鮮でした。
いつもの「東京バンドワゴン」シリーズでは堀田家以外の人間の視点から語られることなんてないですからね。
番外編ならではの構成にワクワクしました。


そして今回、サチさんは単なる語り手という役割にとどまらず、予想外の大活躍をしています。
というのも、もうひとりの語り手ジュンさんが、「見える」人だったから。
しかもサチさんと会話までしちゃっています。
堀田家の紺やかんなちゃんとも会話はできるものの (研人は「見える」だけですね)、紺は会話できるタイミングが限られているし、かんなちゃんはまだ幼いしで、それほど長時間、しかも重大な内容の会話をすることなどありません。
ジュンさんと会話して、ともに行動して、事件の解決に一役買ってしまうサチおばあちゃんの活躍っぷりが素晴らしかったです。
実はサチさんこそが「東京バンドワゴン」シリーズの主人公だったのでは?と思ってしまうほど。
実際には堀田家全員が主人公といえるような物語で、誰が一番目立っているというのはないのですが、今回ばかりはサチさんが間違いなく物語を動かす存在として描かれていました。
もちろん、研人や我南人もそれぞれに事件の解決において重要な役割を果たしているのですが。
サチさん、ジュンさん、研人、我南人、さらには東京に残っている堀田家といつもの関係者たち。
彼ら全員の力によって、事件が解決されます。
探偵役がこんなに多い作品も珍しいですね。
登場人物の個性と役割がはっきりしていて、彼らが協力し合うことによって物語が進んでいくというのが「東京バンドワゴン」シリーズの最大の魅力だな、と再認識しました。


本編の展開も気になるけれど、番外編もやっぱり楽しくて外せない。
シリーズのいいアクセントになる作品でした。
本作ラストではイギリスでライブをすることになった研人の音楽活動の今後が楽しみです。
今回はほとんど出番のなかった堀田家の他のメンバーの動向と活躍も、もちろん言うまでもありません。
☆4つ。




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