tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『アンド・アイ・ラブ・ハー 東京バンドワゴン』小路幸也


下町の朽ち果てそうな日本家屋で「東亰バンドワゴン」という古書店を営んでおります。店主の堀田勘一は孫の青が実の母親である池沢百合枝さんと映画で共演することになって、どこか嬉しそうです。悲しい別れもありましたが、年が明け、研人も高校卒業を前に音楽の道に進路を定めたようです。そして、大きな決断をした人間がもうひとり──。笑って泣ける大人気シリーズ旅立ちの第14弾!

大好きな「東京バンドワゴン」シリーズも14作目に突入しました。
1作ごとに1年ずつ作中の時が流れて、その分登場人物たちも年をとっていくので、なんだかもう馴染みのご近所さんを見ているような感覚で読んでいます。
1作目を読み始めた当初は「日常の謎」ミステリとしての側面に惹かれていたはずが、今は登場人物たちの人生における変化や成長が気になって読み続けていますね。
作品自体も今は謎解きよりも堀田家とその周辺の人々の暮らしぶりに焦点が移ってきているようです。


今作ではロックミュージシャンである我南人のバンドでドラムを担当していたボンさんのエピソードが一番心に沁みました。
がんを患い、もう長くはないと以前から言われていたボンさん。
覚悟をしていたとはいえ、やはりお別れは悲しいものです。
我南人が泣く場面でもらい泣きしてしまいました。
そして、ボンさんの息子である麟太郎さんとお付き合いしている花陽ちゃんも、麟太郎さんと一緒にボンさんの最期を見届けました。
結婚はまだだけれど、大切な家族を見送るという大事な時を共に過ごした花陽ちゃんは、もう麟太郎さんの家族のようなものですね。
同じ時を過ごし、同じ悲しみを乗り越えて、ふたりの絆は盤石なものになったのだろうなと思うと、あたたかく幸せな気持ちになりました。
医学生である花陽ちゃんにとっては、患者の家族の立場に立つことも、いい経験になったでしょう。
作中でも周りの大人たちに「めっきり女らしくなった」などと評されていて、どんどん素敵な大人の女性へと成長していく花陽ちゃんがまぶしく、その若さがうらやましいなどと年寄りじみた感想を抱いてしまいます。


成長ぶりがまぶしいのは何も花陽ちゃんだけではありません。
高校生にしてすでにミュージシャンとして収入を得ている研人も、高校卒業が近づいてきて、進路に悩む時期です。
けれども研人自身は進学せずにミュージシャン一本で行くというのは迷いがなくて、同じバンドの仲間の進路のことで悩むというのが、心優しく他人への気遣いができる研人らしいなあと思いました。
彼はどうやら高校を卒業したら堀田家を離れることになりそうですね。
本作の子どもたちは成長が早いというか、大人になるのが早い感じがしますが、大家族と下町のご近所付き合いのおかげで大勢の大人たちに囲まれていることも影響しているのかなと思います。
子どもといえばもちろん鈴花ちゃんとかんなちゃんの成長も読みどころのひとつです。
今回はかんなちゃんがある重要な役割を果たすエピソードがあり、それはこのシリーズの設定をうまく活かしたエピソードなのですが、語り手のサチおばあちゃんのちょっとしたおせっかいと、かんなちゃんの成長ぶりとがいい具合に組み合わさって、なんともほのぼのした気持ちになりました。
サチおばあちゃんはすでに他界した「幽霊」なのですから、描き方によってはホラーになってしまいそうなエピソードも、ほのぼのあたたかい場面になるというのが本シリーズならではの味わいです。


最後にはある人物の「旅立ち」が描かれます。
それと同時に今まで伏せられていたことが明らかになり、堀田家の家族模様の新たな側面を見た気がしました。
また、独身貴族を貫いてきた藤島にも大きな変化が訪れます。
大家族を軸にした家族小説でありながら、血縁関係にこだわっているわけではなく、社会制度としての家族制度にこだわっているわけでもない。
古い日本家屋に住む大家族、老舗の古書店といった古い要素と、現代的な家族観とが時代の変化に合わせて融合していく様子を、これからも見守っていきたいと思います。
☆4つ。




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