tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『むかしむかしあるところに、死体がありました。』青柳碧人


「浦島太郎」や「鶴の恩返し」といった皆さんご存じの《日本昔ばなし》を、密室やアリバイ、ダイイングメッセージといったミステリのテーマで読み解く全く新しいミステリ!
一寸法師の不在証明」「花咲か死者伝言」「つるの倒叙がえし」「密室龍宮城」「絶海の鬼ヶ島」の全5編収録。
2019年、本屋大賞や多くの年間ミステリランキングに入った話題作が早くも文庫になりました!

最近は「特殊設定ミステリ」なんていう言葉もあるくらいで、現実にはあり得ないちょっと変わった設定のミステリが流行っているようです。
本作もその1冊。
ですが、「特殊」といいながら、日本人なら常識といっていいくらい誰もが知っている「昔ばなし」を題材にしたというのが、本作のミソでしょう。
表紙のイラストがコミカルなので、昔ばなしをコメディー風に料理したのかなと思いきや、ガッツリ本格ミステリで、そのギャップの意外性にも驚きました。


5つの昔ばなしをもとにした短編集ですが、そのどれもが違ったミステリ要素を含んでいて、ミステリ好きをまったく飽きさせないところがまず素晴らしいと思いました。
一寸法師の不在証明」は、その名の通りアリバイ崩しミステリです。
「花咲か死者伝言」もこれまたタイトル通りのダイイング・メッセージもの。
「つるの倒叙返し」は最初に犯人が明示される倒叙ものだし、「密室竜宮城」は密室トリック、「絶海の鬼ヶ島」は嵐の孤島ものです。
まさに本格ミステリの全部盛りといえるような欲張りぶり。
さらに、昔ばなしとミステリの融合のさせ方も無理やり感がなく、発想の豊かさに感心させられます。
例えば「一寸法師の不在証明」。
一寸法師が殺人事件の容疑者になるというシチュエーションもなかなか面白いですが、「殺人事件の発生時は鬼の腹の中にいた」という一寸法師ならではのアリバイも愉快で、打ち出の小槌の使い方や設定のアイディアも光っています。
「花咲か死者伝言」の花咲か爺さんのダイイング・メッセージの真意には、ちょっと拍子抜けというか思わず笑ってしまいましたが、なるほど花咲か爺さんならそうだろうなと納得できるのです。
「絶海の鬼ヶ島」は鬼ヶ島に住む鬼の側から描かれていて、桃太郎が侵略者のように語られているのが新鮮でした。
しかもこの作品は、絶海の孤島である鬼ヶ島が嵐に見舞われ、住人の鬼たちが次々に殺されていくという、明らかにアガサ・クリスティの名作『そして誰もいなくなった』を下敷きにしています。
各話どうしのつながりはないのかと思わせておいて、最後の「絶海の鬼ヶ島」で、他の作品に登場したものが謎解きの鍵として再び登場するのも心憎い仕掛けです。


個人的にこの短編集の中でのベストは、「密室竜宮城」です。
なんといっても竜宮城の住人たちの人間関係……いや、生物関係 (?) が面白い。
仲がよろしくなかったり、ある男性をめぐって女性たちの恋のさや当てがあったり、きらびやかなイメージの竜宮城にもいろいろあって大変ね、などと変な親近感を抱いてしまいました。
ミステリとしても、現場が密室になっている理由が「窓に珊瑚がびっしり付いていて開かなくなっているから」という海底ならではの設定に、思わずニヤリとさせられます。
浦島太郎が探偵役あるいは刑事役として、現場を調べたり関係者に事情聴取したりするのも楽しいし、結末の切ないような寂しいような、なんともいえない余韻もたまりませんでした。
そして次点は「つるの倒叙返し」。
ネタバレになるので詳細は書けませんが、これが一番「だまされた」感が強く、この作者は侮れないなと思わされました。
この話は最後まで読み終わった後、もう一度最初から読み直すのがいいですね。
ネタがわかってからもう一度読んで隠されていた伏線や仕掛けを探してみるという、ミステリの醍醐味が存分に味わえました。


ミステリ好きを満足させる本格的なミステリ短編集でありながら、日本の昔ばなしという日本人なら誰でも知っている物語を題材にすることで、普段ミステリを読まない人がミステリに挑戦するハードルを下げたというのが本当に素晴らしいアイディアです。
そのアイディアは本作のみで終わることなく、西洋の童話が題材の『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』や、本作と同じく日本の昔ばなしを下敷きにした『むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。』へと続いていきます。
ミステリの幅を広げる新たな発想が詰め込まれた作品の登場は、いつだって大歓迎です。
☆4つ。