tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『本バスめぐりん。』大崎梢

本バスめぐりん。 (創元推理文庫)

本バスめぐりん。 (創元推理文庫)


種川市の移動図書館「本バスめぐりん」。乗り込むのは六十五歳の新人運転手テルさんと図書館司書ウメちゃん、年の差四十のでこぼこコンビだ。返却本に挟まれた忘れ物や、秘密を抱えた利用者など、巡回先でふたりを待ち受けるのは、いくつもの不思議な謎?!書店員や編集者を主人公に「本の現場」を描いてきた著者による新たな舞台は、図書館バス!ハートフル・ミステリ短編集。

図書館や書店を舞台にしたミステリはいろいろありますが、移動図書館というのは珍しいのではないでしょうか。
図書館の本を詰め込んだバスがめぐる先で、ちょっとした謎に遭遇するという、大崎梢さんらしいほのぼのミステリ短編集です。


日常の謎と図書館や書店という場所は、やはり相性がいいですね。
本が好きな人というのは、老若男女さまざまです。
図書館や書店にある本も、実用書から小説、絵本まで、ジャンルはさまざま。
本と人との関わり方もさまざまで、どんな本が好きか、どんな読み方をするかで、その人の人となりや日常が見えてくることもあります。
きっとそういうところが、相性の良さを生み出しているのでしょう。
本作は謎解きの妙を楽しむというよりは、人と本とのかかわりを楽しむタイプの作品だと感じました。
主人公のテルさんは特に読書が好きというわけではありませんが、本が嫌いというわけでもなく、おそらく読書に関しては平均的な日本人といえる人だと思います。
そのテルさんとコンビを組むウメちゃんは、司書だから本の専門家で、もちろん読書が好きなんだなということが、発言の端々から伝わってきます。
本バスがやってくるのを楽しみに待っている住民たちは、もちろんみんな読書好きに違いありません。
同じ本を何度も借りる人がいたり、ある特定のジャンルの本ばかり借りる人がいたり、貸出上限めいっぱいまで借りる人がいたり、そこは人それぞれですが、本が好きという点では共通しているので、不思議な連帯感があるような気がします。
なんてったって、移動図書館は利用者たちの住む場所へ、みんなの日常の中へやってくるというのがいいですね。
人が本のある場所に行くのではなく、本の方が人の暮らしの中へやってきてくれる。
本を通じてつながる人々の輪が、あたたかくて優しくて、本好きならずっと浸っていたくなる世界が描かれています。


そんなあたたかく優しい雰囲気でありながら、現代の日本が抱えるさまざまな問題からも目をそらしていないところに好感を抱きました。
舞台が地方都市で、少子高齢化に伴うあれこれは、きっと多くの人が共感できることでしょう。
地域の活性化の問題、閑静な住宅地と保育所との共存問題――。
どれも避けては通れない問題で、日本中のどこでも起こっていることだといえますが、簡単な解決策があるわけでもありません。
それでも本作には、解決のためのヒントが、さりげなく描かれているように思います。
結局は、自分と異なる立場の人への思いやりや、譲り合いの精神が暮らしやすい街を作っていくのですね。
自分のことばかりではなく、他者のことも考える、そういう謙虚さと寛容がもっとも求められているのだと思います。
謙虚さといえば、無事に定年までサラリーマン人生を全うして、第二の人生に踏み出したテルさんにも当てはまる言葉です。
移動図書館バスの運転手というのは、友達を通じて偶然テルさんのところに舞い込んできた話で、想像もしていなかった仕事だろうし望みどおりでもなかったかもしれませんが、それでもそれなりにうまくいったのは、テルさんが謙虚さを忘れなかったおかげに違いありません。
サラリーマン時代の経験や年長者としての威厳を振りかざしていたら、20代のウメちゃんといいコンビは組めなかったでしょうし、巡回先の住民たちからも不興を買っていたでしょう。
定年退職後の再就職を成功させる秘訣そのもののようなテルさんの姿が、とてもまぶしく感じられました。


さまざまな問題や謎が生じても最後にはすべて丸く収まり、どこをとっても不快感が生じる隙のない作品でした。
私が好きな本や作家さんの実名がたくさん登場したのもうれしくて、新年早々気持ちのよい読書ができました。
☆4つ。