tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『明日の子供たち』有川浩

明日の子供たち (幻冬舎文庫)

明日の子供たち (幻冬舎文庫)


三田村慎平・やる気は人一倍の新任職員。和泉和恵・愛想はないが涙もろい3年目。猪俣吉行・理論派の熱血ベテラン。谷村奏子・聞き分けのよい“問題のない子供”16歳。平田久志・大人より大人びている17歳。想いがつらなり響く時、昨日と違う明日が待っている!児童養護施設を舞台に繰り広げられるドラマティック長篇。

児童養護施設が舞台の話と聞くと、ちょっと重めの話なのかなと思いがちですが、そこはさすが有川さん、エンタメに徹しつつさらりと読ませながら、しっかり児童養護施設についての理解を深めさせてくれます。
もちろん、児童養護施設は「事情がある」子どもが入るものであって、その「事情」が非常に過酷なものであることも珍しくはありません。
本作に登場する施設の子どもたち、奏子 (かなこ) や久志も例外ではなく、読んでいてつらい部分も確かにあるのですが、あまり悲しい気持ちになることはありませんでした。
それは作者が彼らのことを「かわいそうな子ども」として描いていないから。
そして、それは奏子の「かわいそうだと思われたくない」という言葉に呼応しています。


正直なことをいえば、私も家庭に恵まれない子どもたちのことを「かわいそう」と思っているところがありました。
でもそれは、自分が恵まれた立場にあるからこそ出てくる思いで、それは上から目線以外の何物でもないだろうということに、この作品を読んで気付かされました。
母親に学校に行かせてもらえず家事労働をさせられていた奏子が、施設に入ったことでそんな生活から解放され、安心を得ることができた、だから施設にいることは「かわいそう」なことではないのだ、という奏子の主張にハッとさせられます。
当事者の思いを知ることもなく、ただイメージで「かわいそう」と決めつけるのは間違っています。
家庭に恵まれなかったのは事実でも、施設に守られて育ち、将来のことを考えられるならば、それは「よかったね」というべきことなのでしょう。
過去は過去として抱えながら、今と未来へ視線を向けている奏子や久志、そして彼らを支援する施設の職員たちの姿に、逆に励まされたような気持ちになりました。
さらに、この「かわいそうと思われたくない」という思いは、実際に施設で育った人から有川さんへ伝えられたものだということを、巻末の解説で知った時には、胸にこみ上げてくるものがありました。
切実な思いを有川さんに伝えた施設出身者、そしてその思いを受け取ってこの作品を書いた有川さん。
そのバトンは本書を通じてしっかり読者に渡り、思いが伝わっていると思います。


もうひとつ、本作の中でハッとさせられたのは、施設の新米職員である三田村の、「自分だったら?」と想像する姿勢でした。
年齢や性別など、属性が違えばものの考え方や感じ方は人によってさまざま。
ですが、「自分とは違う人のことは分からない」といって理解することを放棄していたのでは、そこから前に進むことはできません。
自分が実際に体験することのできない人生を歩んでいる人のことも、理解するためには必死で想像するしかないのです。
三田村は自分の想像力を仕事に活かしていきますが、何も仕事に限った話ではなく、生きていくうえでさまざまな問題に立ち向かい、さまざまな人と接するために、「自分だったら?」と想像してみることはとても大切なことだと思います。
そして、その想像力を培うためにはどうしたらよいのか、という問いへの答えのひとつとして、本作では「本を読むこと」を挙げています。
これは読書好きにとってはうれしいですね。
単純に好きだからというだけの理由で今までいろいろな本を読んできましたが、それをまるごと肯定してもらえたという気がしてうれしかったのはもちろんのこと、もっともっと本を読もうという気にもさせられました。
図書館戦争」シリーズといい、有川さんはご自身が本当に本が好きで、本が好きな人を守りたい、増やしたいと思っているのだなということが強く伝わってきます。


物語の最後に示される、児童養護施設のような子どもたちを支援する組織は社会の負担なのではなく資産であり、そこへの投資は国の未来への投資なのだという考え方に、私も賛成です。
自分に何ができるか、少しでも考えていきたいと思いました。
メッセージが非常に明確で、児童養護施設のことを知ることができ、お仕事小説としてもラブコメとしても楽しめるという、盛りだくさんな内容で大満足でした。
装丁のさわやかなイメージそのままの読後感も素晴らしかったです。
☆5つ。