tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『桜風堂ものがたり』村山早紀


書店に勤める青年、月原一整は、人づきあいは苦手だが、埋もれていた名作を見つけ出して光を当てることが多く、店長から「宝探しの月原」と呼ばれ、信頼されていた。しかしある日、店内で万引きをした少年を一整が追いかけたことが、思わぬ不幸な事態を招いてしまう。そのことで傷心を抱えて旅に出た一整は、ネットで親しくしていた、桜風堂という書店を営む老人を訪ねるため、桜野町を訪ねるのだが……。

本屋大賞で高評価、しかも私が好きな「本屋さん」もの、となれば読まないわけにはいきません。
表紙のイラストの雰囲気からしてほのぼの系なのかなと思いきや、シビアな現実が描かれてもいて、なかなか読みごたえがありました。


書店員の月原一整は、勤務中に店内で万引きを発見し、犯人の少年を捕まえようと追いかけますが、少年は車道へ飛び出して交通事故に遭ってしまいます。
少年はけがで済んだものの、ネット上では一整が少年を追いつめたとして非難する声が殺到し大炎上。
店にも苦情の電話がかかってくる事態になって、一整はやむなく退職し、以前からネットで交流していた桜風堂という地方の古い書店を訪ねていきます。
この前半の展開はいかにも現代的で、実際にありそうなリアリティに満ちていました。
変な正義感を募らせた人々が、詳しい事情を知りもしないで正論を振りかざし攻撃してくるネット炎上の描写には、思わず「あるある……」というつぶやきが漏れるほどです。
なんともたちの悪い事態に巻き込まれた一整に同情を禁じ得ませんが、一方で一整を救ったのもまたインターネットでした。
私もツイッターを利用しているので、書店員の方々がSNSを通じて交流し、時にはフェアなどで協力し合ったりされているのを知っています。
ひと昔前には、遠く離れた書店同士が連携するなど難しいことだっただろうと思います。
ですが今は知らない人とも情報交換ができ、宣材のPOPやペーパーをデジタルデータでやり取りするようなことも容易です。
電子書籍の登場やデジタル万引きなどといった新しい問題も出てきており、前述の炎上リスクもありますが、ネットの利点をうまく活用して成功している書店もあります。
インターネットのよい面、悪い面がしっかり描かれており、非常に現代的、現実的な題材に興味をひかれました。


その一方で、物語の全体的な雰囲気としてはかなりファンタジー風味です。
作者の村山さんは、もともと児童文学やファンタジー分野出身の方なんですね。
もちろん異世界に行ってしまったり空想上の生き物が登場したりはしませんが、絵本のような「おはなし」の世界を強く感じさせられました。
桜風堂がある小さな町も、桜が咲き乱れてまるで桃源郷のような、美しく幻想的な場所として描かれています。
また、登場人物もどことなく浮世離れしているというか、どこにでもいそうな普通の人というよりは、やっぱり「物語の住人」っぽさを感じさせる人物が多い気がしました。
特に桜風堂の店主の孫息子は、ちょっと気持ち悪いくらいにいい子すぎて、現実離れしています。
そういうところが鼻につく感じもしなくはないですが、話の展開が現実の厳しさを反映して苦みのあるものになっているので、その対比としては悪くないなと思いました。
書店が置かれている現実は厳しい、私たちが生きている現代社会も厳しい、でもだからこそ、夢を見たっていいじゃないか、奇跡を信じたっていいじゃないかという作者の声が、行間から聴こえてくるような気がしました。


作者の本屋さんへの愛とエールがあふれていて、そりゃあ書店員さんたちは読んでうれしかっただろうし、本屋大賞にノミネートされて当然の作品だと思います。
書店員の仕事内容も細かく描写されていて、活字離れが叫ばれる現代において本を売る工夫やヒントも盛り込まれているので、現職の書店員だけではなく本屋で働いてみたいと思っている人にもぴったりの作品ではないでしょうか。
それにしても、作中に登場する感動の名作「四月の魚 (ポワソンダブリル)」、読んでみたいなぁ……。
☆4つ。