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本の感想、ときどきライブレポ。

『流れ行く者 守り人短編集』上橋菜穂子

流れ行く者: 守り人短編集 (新潮文庫)

流れ行く者: 守り人短編集 (新潮文庫)


王の陰謀に巻き込まれ父を殺された少女バルサ。親友の娘である彼女を託され、用心棒に身をやつした男ジグロ。故郷を捨て追っ手から逃れ、流れ行くふたりは、定まった日常の中では生きられぬ様々な境遇の人々と出会う。幼いタンダとの明るい日々、賭事師の老女との出会い、そして、初めて己の命を短槍に託す死闘の一瞬―孤独と哀切と温もりに彩られた、バルサ十代の日々を描く短編集。

久しぶりの「守り人」ワールド!!
本編が完結しても、またこうして番外編のような形で「守り人」の世界に戻れるのはうれしいことですね。
短編集でもシリーズの持つ魅力はそのままでした。


この短編集は本編よりも時系列的には前の時代を描いています。
まだバルサが養父のジグロと共に流れ者の生活をしていて、タンダは家族と共に農村で暮らしていた頃。
まだ10代の、子どもと言っていいくらいの幼い2人が描かれています。
でも、当たり前だけれども子どもでもバルサはバルサだし、タンダはやっぱりタンダ。
「浮き籾」という作品では、子どもの頃からやっぱり心優しくて、でもちょっと変わり者なところがあって周囲から浮き気味なタンダの姿がなんだか読んでいてうれしかったです。
バルサはそんなタンダを「バカだなぁ」と笑いながらも、なんだかんだ言いながら気にかけてやっていて、そんな2人の関係がいいなぁと思いました。
タンダも周囲から浮くタイプですが、バルサは浮くどころではなく完全に人の群れからは離れて生きている。
そんなバルサがタンダを通じて、タンダの家族や里の人たちとわずかながら交流する様子を読みながら、なんだかほっとするような、あたたかいものを感じました。
その後のバルサの壮絶な戦いの人生を思えば、そうした人々との交流は彼女の大切な少女時代の思い出として、心のどこかであたたかな優しい光を放っているだろうから。
「普通ではない」生き方を強いられたバルサにとって、少し周囲から浮いているけれど完全に外れてしまっているわけではないタンダは、「普通の人々」とのちょうどいい接点だったんだろうなと思いました。


「ラフラ<賭事師>」は「ススット」というボードゲームのような賭け事を生業とする老女の話。
バルサは賭け事に強いという話が本編で出てきていたので、バルサが賭け事を覚えた経緯や、賭け事を通しての出会いの話を読めてうれしく思いました。
表題作「流れ行く者」は隊商を守って危険な旅をする護衛士たちの話です。
バルサとジグロは酒場で働いたり護衛士として隊商に雇われたりすることで生活していますが、「ラフラ<賭事師>」では酒場での仕事の様子を、そしてこの「流れ行く者」では護衛士としての仕事の様子を垣間見ることができました。
酒場でも危険な目に遭うこともありますが、護衛の仕事の危険と過酷さはやはり比ではありません。
たった13歳の少女であるバルサが初めて命がけの戦いを経験して、自らの短槍を人に向けて振るったという、バルサにとって決して忘れられないであろう出来事が描かれます。


これらの短編を通して描かれているのは、必死で生きている人々の姿ではないかと思います。
農村の人たちは実りを確保するために自然と闘い、賭事師は賭博という勝負の世界を生き抜き、護衛士は命がけの危険な旅路を行く。
特に「ラフラ<賭事師>」と「流れ行く者」ではそれぞれ年季の入った賭事師と護衛士が描かれ、彼らの選択の意味をいろいろと考えさせられました。
善とか悪とかの問題ではなく、ただただ、必死で生きるがゆえの選択。
短編集とは思えないほどの、深みと重みを感じました。
だからこそ、一番最後の超短編「寒のふるまい」で再登場するタンダの優しさがほっこりと心に沁みます。
一応バルサが主人公ですが、この短編集でのキーパーソンはタンダなのかもしれません。


やっぱりこの世界が大好きだなぁ、と再確認できた短編集でした。
まだ『炎路を行く者』を読む楽しみが残っていると思うと幸せです。
早く読めるといいな。
☆4つ。