tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『風と行く者 守り人外伝』上橋菜穂子


つれあいの薬草師タンダと草市をおとずれた女用心棒バルサは、二十年前にともに旅したことのある旅芸人サダン・タラムの一行と偶然出くわし、再び護衛を引き受ける。
魂の風をはらむシャタ〈流水琴〉を奏で、異界〈森の王の谷間〉への道を開くことができるサダン・タラムの若い女頭エオナは、何者かに命を狙われていた。
二十年前の旅の折、養父ジグロとエオナの母サリは情を交わしていた。養父ジグロの娘かもしれないエオナを守るため、父への回顧を胸にバルサはロタ王国へと旅立つ。

アニメ化、ドラマ化もされた上橋菜穂子さんの代表作「守り人」シリーズは本編が完結した後も外伝が刊行されており、こちらはその外伝の3冊目となります。
過去の外伝にはバルサが主人公ではない話もありましたが、今回はバルサが主人公。
しかも、本編の物語が終わった後の話なので、まるでほとんど続編を読んでいるような気になれてファンとしてはとてもうれしい1冊でした。


物語はバルサとタンダが草市を訪れたところから始まります。
そこで出会ったサダン・タラムという旅芸人たちの護衛を引き受けることになったバルサですが、実は彼女は20年前の16歳の頃にも養父のジグロと共に彼らの護衛をしたことがありました。
そんなわけで、20年前にジグロと共に護衛の旅をした時のできごとと、現在の護衛の話とが組み合わさってひとつの物語となっています。
16歳のバルサはもうしっかり戦士としての戦闘力と胆力を身に付けているように思えるのですが、それでもやはり、当たり前ですが30代の半ばを過ぎたバルサよりも圧倒的に若いということが、文章の端々から伝わってきます。
戦いの腕にもまだまだ未熟なところがあり、感情を抑えきれない部分があれば、ジグロを怒らせるような無謀なことをしてしまう浅はかさもある。
16歳の少女としては、そのような幼さも当然のことですが、バルサは命がけの戦いに身を置く護衛士という職業をしている以上、そうした未熟さは命とりです。
実際に危険な目に遭い傷を負う場面も多く、読んでいてハラハラさせられました。
一方で、ジグロがサダン・タラムの頭であるサリと一時的とはいえ恋仲になるのを目の当たりにし、面白くない気分になっている場面などは、いかにも年頃の女の子という感じですし、宿への道で我慢できずに屋台で食べ物を買って食べてしまうところなどにも若さが満ち溢れていて、微笑ましい限りです。
こうした旅の中でいろんな経験をしたからこそ、今の強く頼もしい女戦士・バルサがあるのだということがよくわかります。
序盤に「ひとつ、ひとつの旅が、おまえを、おまえに、してきたんだろうな……」というタンダの言葉が出てきますが、バルサの最大の理解者である彼らしい言葉で、バルサの旅の記憶を読み終えた後に思い出してあたたかい気持ちになりました。


20年前の護衛の旅での経験と記憶は、現在のバルサが引き受けた護衛の旅へとつながっていきます。
ジグロとサリの間にできた子かもしれない現在のサダン・タラムの頭・エオナはまだ若く、頭としてはまだまだ経験が足りないところがありますが、そんな彼女の不安を受け止め、話を聞いてやり、適切な助言をできるのは、サリと旅をしたことがあるバルサだからこそです。
そして、アール家とマグア家という、長い歳月にわたって複雑な関係を築いてきた2つの名家の争いを断ち、和解への道を切り開く手助けができるのも、いくつもの旅の中で幅広い経験を積んできたバルサだからこそなのです。
過去の旅の物語の後に語られる現在のバルサの旅の結末には、圧倒的な説得力がありました。
そして、現在のバルサの中には、間違いなくジグロが大きな影響力をもって存在しているのです。
ジグロとバルサは実の親子ではなく、無口なジグロはすべてをバルサに語ったわけではありませんが、それでもジグロの想いも意思もバルサにしっかり伝わって、今は彼女の中で生き続けている。
バルサは自分の子を産むことはないのかもしれませんが、それでもジグロから受け取ったものを、旅の中で出会った若者たちへ自分の言葉と行動で確かに伝えています。
そんなふうにして世代は交代を続け、それが歴史を作っていくのだという思いで、胸が熱くなりました。


物語を読み終わった後の作者あとがきがまた感動的で、最後の最後まであたたかい気持ちでいっぱいになります。
ハラハラドキドキする迫力の戦闘シーン、思わずお腹が空いてきてしまう匂いまで伝わってきそうな食事シーンなど、シリーズにおなじみの魅力も健在でうれしくなりました。
できればまたどんな形でもいいからこの世界に戻ってきたい、心からそう思わせてくれる物語です。
☆5つ。




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