tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『スカラムーシュ・ムーン』海堂尊

スカラムーシュ・ムーン (新潮文庫)

スカラムーシュ・ムーン (新潮文庫)


新型インフルエンザ騒動で激震した浪速の街を、新たな危機が襲う。今度は「ワクチン戦争」が勃発しようとしていた──霞が関の陰謀を察知した異端の医師・彦根新吾は、ワクチン製造に必要な鶏卵を求めて加賀へ飛び、さらに資金調達のために欧州へと旅立つ。果たして、彦根が挑む大勝負は功を奏するのか? 浪速の、そして日本の医療の危機を救えるのか。メディカル・エンタメの最高傑作!

この本、ボリュームがあるのは確かなのですが、それにしても読むのにやたら時間がかかってしまいました。
いろんな要素がてんこ盛りで、消化するのが大変だったのかな。
でも、その分読み応え十分で、非常に勉強にもなりました。


チーム・バチスタの栄光』から始まった、地方都市・桜宮市を舞台にした「桜宮サーガ」ですが、なんと本作で一旦終わりなんだそうです。
そんなことは全く知らずに読んでいて、最後の東えりかさんの解説で初めて知ってびっくりしてしまいました。
登場人物も多く全員個性的で、桜宮市のみならず他の都市にも舞台を広げていっていて、まだまだいくらでも物語を作れそうなだけに、この先も長く続いていくものかと思っていました。
ちょっと残念に思いましたが、一応の最終作というだけあって、作者の熱意と気合が感じられる作品だったのは確かです。
最初は医療ミステリとして始まったシリーズですが、だんだんと政治の世界も描かれるようになり、それに伴って医療を軸足に現代の日本社会の問題点を描き出すというスケールの大きなシリーズに育ちました。
本作はまさにそんなシリーズの集大成となっています。


序盤は養鶏場の跡取り娘と運送会社の跡取り息子と獣医学生という、幼なじみの大学院生3人組の話で始まり、青春小説のような軽めのタッチで書かれているところが、物語の導入としてなんともうまいなと思います。
この3人の大学院生の話は、インフルエンザワクチンを作るための有精卵を提供する新たなビジネスの話につながっていき、そこからさらに日本の医療体制の話や政治の話や地方行政の話に変わっていきます。
その話の繋げ方が非常に自然で、ちょっと硬めの難しそうなテーマへと、意識させずにさらりと導いていく作者のテクニックが心憎いです。
医療は誰にでも関係のある、身近なテーマだと言えますが、医者は頭のよい人が就く職業というイメージですし、専門用語が出てくると難しいなと思って拒否反応が出てしまう一般人も多いことでしょう。
そこをなるべく難しさを感じさせずに、あくまでもエンターテインメントとして楽しませながら勉強させてくれるのが桜宮サーガなのですが、本作でもインフルエンザワクチンの作り方から、国がそのワクチン供給をコントロールする仕組みまでをもしっかり学ばせてくれました。


桜宮サーガは同じ世界観と登場人物を共有する複数のシリーズから成る作品群ですが、本作は『ナニワ・モンスター』の続編となっており、「スカラムーシュ」こと彦根新吾を主人公に据えています。
彦根は本業は医者ということになりますが、政治家のブレーン的な役割も果たしており、シリーズで描かれているのはどちらかというと政治面での活躍の方です。
本作でも、彦根は浪速府知事が掲げる「日本三分の計」や「医翼主義」を実現するために奔走しますが、今回は日本のみならず、海外へも飛び出しているのが新鮮で面白かったです。
彦根はどこへ行っても彦根ですね。
モナコのカジノでの賭けや、ベネチアのゴンドラ乗りとのやり取りなど、異国情緒漂う描写とユーモアのある展開で楽しめました。
中盤から終盤にかけては、彦根とライバルの斑鳩との駆け引きでこれまた飽きさせません。
深謀遠慮の策を張り巡らせる、彦根たちの頭脳戦ももちろん面白かったのですが、それとは対照的な初々しさが爽やかな大学院生3人組の奮闘ぶりも、読んでいてとても楽しかったです。
終盤にはハラハラするような場面もあり、会議のシーンが多かった「バチスタ」シリーズとは違って動きが多いので、映像化にも向いていそうだなと思いました。


ずっと読み続けてきたシリーズが終わってしまうのはさみしいですが、またいつか番外編のような形でも新しい話が読めればうれしいです。
といっても、実は『スリジエセンター1991』が積読本の中に入っているのですけどね。
もう少しだけこのシリーズとのお付き合いを続けたいと思います。
☆4つ。


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