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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ナニワ・モンスター』海堂尊

ナニワ・モンスター (新潮文庫)

ナニワ・モンスター (新潮文庫)


浪速府で発生した新型インフルエンザ「キャメル」。致死率の低いウイルスにもかかわらず、報道は過熱の一途を辿り、政府はナニワの経済封鎖を決定する。壊滅的な打撃を受ける関西圏。その裏には霞ヶ関が仕掛けた巨大な陰謀があった――。風雲児・村雨弘毅(ドラゴン)府知事、特捜部のエース・鎌形雅史(カマイタチ)、そして大法螺吹き(スカラムーシュ)・彦根新吾は、この事態にどう動く……? 海堂サーガ、新章開幕。

海堂尊さんの「桜宮サーガ」、今回は一旦桜宮市を離れて、舞台を日本第二の都市、「浪速府」へ移しました。
一応架空の都市が舞台ということになっていますが、現実の日本社会と重なるところが多々あって、いろいろ考えさせられます。


海外で発生した新型インフルエンザ、通称「キャメル」が、ついに日本に上陸。
最初の患者を診察した浪速の小さな診療所は、大騒ぎに巻き込まれていきます。
とはいえ医者の目から見ると、この新型インフルエンザは弱毒性で、通常の季節性インフルエンザと危険性は大して変わらないものでしたが、それに反して報道は過熱するばかり。
浪速府は学校が休校になったり、観光客が激減したりと、経済的にも大きな痛手を負います。
しかし、これには実は裏がありました。
検察が動き、浪速府知事が動き…、事態は思わぬ方向へ――。


本書は3つの章に分かれています。
最初の章は、浪速府の下町にある小さな診療所が舞台。
新型インフルエンザの国内患者第一号となる子どもを診察したことから始まる大騒動を描いています。
診療所とはいえ医療の現場を舞台にしているところがいつもの海堂作品らしくてホッとします。
ですが、徐々に物語は思わぬ方向へ。
第二章では浪速地検特捜部が舞台、そして最後の章は浪速府知事・村雨が病理医の彦根に連れられて日本の医療の鍵となる地へ赴きます。
小さな診療所から始まった物語が検察、霞が関、日本全国とだんだん舞台を広げていき、それとともに話の焦点も今後の日本の国づくりにまでスケールを拡大していく展開にワクワクしました。
日本の医療が抱える問題点を、医療ミステリを通じて訴えかけるというのがこれまでの海堂さんのスタンスだったと思うのですが、それが行きつく先はこんなに政治的なところだったのか、と驚くような、でもどこかでこんな展開も予想していたような、何とも不思議な感覚でした。


特に、作中のある人物が口にする「医翼主義」という言葉がとても印象的です。
右翼でも左翼でもない第3のイデオロギーとしての「医翼主義」とは、医療を中心に国づくりを考えるというものです。
充実した医療政策を通じて国民の健康を守り促進し、それによって国民が安心して幸福に暮らせる国をつくる。
とても分かりやすくて、また説得力があるところがいいなと思いました。
何しろ今後日本国民の高齢化はますます進んでいきます。
医療費の拡大、労働人口の減少に伴う人手不足など、課題は山積していますが、それをピンチではなくチャンスと捉えて医療の充実を元に国民の幸せを目指そうという考え方は、非常に建設的で好ましく感じられました。
私は素人なので実現性がどの程度のものなのかは判断がつきかねますし、そう簡単に理想が現実にはならないだろうとも思いますが、彦根が村雨たち政治家に説く医療立国の構想は十分に魅力的なもので、その実現に向けて今後彦根たちがどう動いていくのか、もっと読みたいという気になりました。
さすが海堂さん、うまいですね。


これからの日本の国づくりというスケールの大きいものを描きながら、現実に起こった出来事を下敷きにしているので、物語をすんなりと受け入れやすいのもうまい描き方だと思います。
2009年に起こった新型インフルエンザ騒動はまだ記憶に新しいところですが、確かに騒ぎすぎではないかと私も感じたことを思い出しました。
特に関西方面への修学旅行が自粛されたり、感染者を出した学校がまるで犯人のような扱いを受けたりしていたのには、首をかしげざるを得ませんでした。
そんなちょっと異常ともいえる事態になった理由を、この作品の中では政治的な陰謀があったとしています。
もちろんこの作品はフィクションですし、個人的に陰謀論はあまり好きではありませんが、あの騒動から学ばなければならないことはたくさんあったと思います。
また、大阪府庁大阪市役所の裏金問題や、橋下大阪市長が率いる大阪維新の会が提唱してきた道州制などをモデルとした話も出てきます。
役人の世界の膿を出し、地方政治のあり方を変える。
それが今の日本に必要とされていることは間違いないと思いますし、だからこそこの物語はすんなりと心に入ってきました。
これから日本はどんな国を目指していくべきなのだろうかと、つい真剣に考えてしまいました。


チーム・バチスタ」シリーズが完結を迎えて、次はもしかしたらこの医療と政治を話の中心に据えるシリーズが本筋になっていくのかなと思いましたが、どうでしょうか。
本筋になるだけのスケールと説得力を持っていると思いますし、村雨や彦根をはじめとする中心人物がみな個性的で面白かったので、ぜひ続編も読んでいきたいです。
チーム・バチスタ」シリーズが終わってしまって少しさみしいなと思っていましたが、また新たな楽しみができました。
☆4つ。