tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『スリジエセンター1991』海堂尊


世界的天才外科医・天城雪彦。手術を受けたいなら全財産の半分を差し出せと言い放ち顰蹙も買うが、その手技は敵対する医師をも魅了する。東城大学医学部で部下の世良とともにハートセンターの設立を目指す天城の前に立ちはだかる様々な壁。医療の「革命」を巡るメディカル・エンターテインメントの最高峰!

現在ドラマ「ブラックペアン」が放映中ですが、本作はその「ブラックペアン」シリーズの3作目です。
『ブラックペアン1988』『ブレイズメス1990』と続いたシリーズも、本作で完結を迎えました。
なぜか文庫化されるのに5年もかかりましたが、ドラマ化に合わせてなのかようやくシリーズの結末を読むことができて、とてもうれしいです。


「ブラックペアン」シリーズは研修医の世良雅志を主人公に据え、東城大学医学部付属病院における院内政治や権力闘争を描いています。
桜宮サーガの本編シリーズである「チーム・バチスタ」シリーズの前日譚にあたり、若き日の田口や速水、島津らおなじみのキャラクターが登場するのが楽しいですね。
チーム・バチスタ」では一人前の医者として登場する人物たちの、まだまだ未熟で青臭い医学生や研修医時代の姿が拝めるわけですから。
個人的にはつい最近『スカラムーシュ・ムーン』を読んだばかりなので、東城大病院で心臓外科手術を専門に手掛けるハートセンターの設立という目標に向かって邁進する、在りし日の天城や、まだ学生なのにすでに「スカラムーシュ」の片鱗を見せている彦根の様子が興味深かったです。
さらに、本編シリーズでは病院長になっている高階がまだ講師で、でもしっかり院内政治に関わっているところなんかも面白いですね。
「腹黒いタヌキ」なんて陰口を叩かれている病院長ですが、若き日の高階もやっぱり腹黒い。
それ以上にびっくりしたのが看護婦 (本作の舞台は1991年なのでまだ「看護師」という呼称ではありません) の藤原さん。
チーム・バチスタ」シリーズではすっかり田口先生といいコンビになっているベテラン看護師なのですが、なんと若い頃にはこんなことをやっていたのか……と、ある意味感心させられてしまいました。
実際に医療機関ではこんなふうに医師と看護師が結託して院内政治に関わったりするものなのでしょうか?
総婦長も存在感が医師に負けておらず、ついつい野次馬的な好奇心で病院の権力闘争に興味を持ってしまいました。


院内政治だの権力闘争だのというと、なんだかドロドロした、ブラックなイメージが浮かびますが、確かにドロドロした部分もなくはないものの、それでも読んでいて嫌な感じがしません。
それは、なんだかんだ言って登場人物たちがみな真剣に医療に向き合っているからだと思います。
医師として、患者さんを救いたい、医療を通じて社会に貢献したい、日本の医療をもっとよいものにしたい――そうした思いはおそらく登場する医師たち全員にあるのではないでしょうか。
でも、人によって考え方が違ったり、理想へのアプローチの仕方が違ったりするから、対立するのでしょう。
法外な手術代を要求する天城も、反感も多方面から買いながら、それでも人々を惹きつけてやまないだけの心臓外科医としての技術があって、その技術は確かに患者を救っています。
たとえ敵対する者であっても、その技術に対する敬意は払っていて、だからこそあまり嫌らしい話にならずに済んでいるのではないかと感じました。
その辺りのバランス感覚は、さすが医師が書いた物語だと思います。


最終章の、世良と天城の別れの場面には涙腺をやられました。
こんなふうにして天城は退場していったのかと思うと切なくなりましたが、そこから世良の、一人前の医者としての物語が始まるのだと思うと、なんだか感慨深いものがありました。
速水が「ジェネラル・ルージュ」と呼ばれるようになったきっかけとなった出来事も描かれており、桜宮サーガを少しでもかじった人なら外せない1作といえます。
個人的には本作が桜宮サーガとのお別れになりましたが、非常にすっきりとした気持ちで読み終えることができ、満足です。
またいつかどこかで、東城大病院の面々と再会できることを祈っています。
☆4つ。


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