tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『カッコウの卵は誰のもの』東野圭吾

カッコウの卵は誰のもの (光文社文庫)

カッコウの卵は誰のもの (光文社文庫)


往年のトップスキーヤー緋田宏昌は、妻の死を機に驚くべきことを知る。一人娘の風美は彼の実の娘ではなかったのだ。苦悩しつつも愛情を注いだ娘は、彼をも凌ぐスキーヤーに成長した。そんな二人の前に才能と遺伝子の関係を研究する科学者が現れる。彼への協力を拒みつつ、娘の出生の秘密を探ろうとする緋田。そんな中、風美の大会出場を妨害する脅迫者が現れる―。

東野圭吾さんはどの作品でも非常に読みやすいですね。
どれを読んでも、先が気になって仕方ない。
文章にクセがなく、大きなハズレがないので、誰にでも薦めやすい作家さんです。


かつてオリンピックにも出場したことのある元スキーヤー、緋田宏昌。
彼の一人娘である風美(かざみ)は新世開発という企業に所属し、将来有望なスキー選手として頭角を現し始めています。
風美を自らをも超える一流スキーヤーに育て上げるという夢を持つ緋田ですが、実はその風美に関して大きな秘密を抱えていました。
風美がまだ幼い頃に亡くなった妻は、風美が緋田と妻の間の子ではないということを暗示するものを残していたのです。
しかも、自分の子どもではないどころか、新生児の時に妻が病院から連れ去った、全くの他人の子であり、犯罪行為によって得た子なのではないか…。
疑念を抱きながら娘を育ててきた緋田でしたが、夢に近づきつつある中、風美を大会に出場させるなという脅迫文が届きます。


さすがにリーダビリティは抜群。
特に途中までは本当にページを繰る手が止められません。
最初に書いた通り、とにかく先が気になって仕方ありませんでした。
風美の出生にまつわる秘密、脅迫者の正体、途中で起こるある事件の真相と真犯人、と話が進むにつれ謎がいくつも提示され、ぐいぐいと読ませます。
章ごとに何人かの登場人物の視点が切り替わるのも、新たな視点から見た事実や出来事がポンポンとテンポよく登場するので、全く飽きることがありません。
ただ、途中までがよかっただけに、終盤の肝心な謎解き部分で失速した感があるのが残念。
なんだか最後は急いで真相を示したという感じで、ゆっくり謎解きの妙を楽しむ余裕も、ラストシーンの余韻もなく、唐突に物語が終わってしまった印象だけが残りました。
ページ数制限があってラストは端折ってしまったのだろうかと勘繰ってしまいます。
また、ネタバレになるので詳しくは書きませんが、真犯人の動機や緋田の妻の死の真相に、ちょっと疑問が残ってモヤモヤする部分がありました。
途中まではすごく面白かったのに、もう少し最後まで丁寧に練ってほしかったなという印象です。


それにしても『プラチナデータ』に引き続いての遺伝子ネタで、東野さんはよっぽど遺伝子学に興味があるのかなと思いました。
風美が所属する新世開発が進める、有望なスポーツ選手を遺伝子を調べることによって発掘するという研究の発想は面白いし、実際にどこかのスポーツ研究所や体育大学などが研究していてもおかしくないなと思わせるだけのリアリティもありました。
よい指導者がいて、よい練習環境がありさえすれば優秀なスポーツ選手が育つかといえば全くそんなことはなく、生まれ持った才能がなければどうにもなりません。
そしてその才能はある程度は遺伝子によって決まるものでしょうし、スポーツに適した運動能力に関わる遺伝子パターンが本当に発見できれば、効率的に才能を発掘することができるのは確かです。
ただ、この作品にも登場するように、遺伝子的にスポーツに適しているからという理由だけで、本人の意思に反してスポーツをすることを強いられる子どもが出てくれば、それは不幸なことだとも思いました。
一方で風美は優れた遺伝子パターンを持ちながら、スキーを本当に好きでやっていますし、緋田も深い愛情を持ってそれをサポートしています。
たとえ自分の血を引いた子ではないと分かっていても緋田の愛情は揺らぐことがなく、本当の親子と何ら変わりない強い絆で結ばれた関係が、悲しいエピソードもいくつか登場するこの作品においては大きな救いになっていました。


遺伝子ネタもそうですが、スキーというのもウインタースポーツ好きな東野さんらしい題材です。
きっと楽しんで書かれたんだろうなぁと思って、ミステリとしては不満も残りましたが、悪くない気分で読み終えました。
☆4つ。