tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『疾風ロンド』東野圭吾

疾風ロンド (実業之日本社文庫)

疾風ロンド (実業之日本社文庫)


強力な生物兵器を雪山に埋めた。雪が解け、気温が上昇すれば散乱する仕組みだ。場所を知りたければ3億円を支払え―そう脅迫してきた犯人が事故死してしまった。上司から生物兵器の回収を命じられた研究員は、息子と共に、とあるスキー場に向かった。頼みの綱は目印のテディベア。だが予想外の出来事が、次々と彼等を襲う。ラスト1頁まで気が抜けない娯楽快作。

『白銀ジャック』に続く、実業之日本社文庫の「いきなり文庫」第二弾。
文庫派としてはこういう企画はとてもうれしいです。


泰鵬大学医科学研究所の所長のもとに届いた1通の脅迫メール。
それは、研究所で保管していた危険な生物兵器である病原体を、とある場所に埋めた、それを取り戻したければ3億円を用意しろ、というものでした。
研究所所長の東郷と研究員の栗林は、どうしたものかと頭を悩ませますが、なんと犯人が交通事故で突然死んでしまいます。
犯人の残したヒントから自力で病原体が埋められた場所を探し出す必要に迫られた栗林は、スノーボードに夢中の息子の力を借りて、里沢温泉スキー場のどこかが怪しいと狙いをつけ、現地へ向かいますが――。


『白銀ジャック』はサスペンスにしたいのか娯楽ものにしたいのかよく分からないところがありましたが、今回はコメディーに徹した印象で、結果的にそれは成功していると思います。
冒頭から犯人の正体が明かされているので倒叙ミステリなのかと思いきや、いきなりその犯人が事故死してしまうという展開には、思わず「ええ~」と声が出そうになりました。
それでも危機が去ったわけでは全くないというのもまた面白い展開です。
東郷とその部下の栗林の会話もどこかマンガ的で、ところどころプッと笑えました。
ラストのオチも、その場面を想像してみるとなかなかシュールで笑えてきます。
どうにも中途半端な印象だった『白銀ジャック』に比べると、格段に面白かったです。


ただ笑えるというだけではなくて、スポーツ選手の苦悩、栗林の息子である中学生の秀人の恋など、他の読みどころも満載。
スキーやスノーボードの描写についても、東野さん自身がスノボにハマってウィンタースポーツについてもよく取材をされているので、不自然なところがほとんどないのだと思います。
ウィンタースポーツには疎い私でも、すんなりと風景を頭の中に思い浮かべることができました。
パウダースノーの描写や秀人がスノーボードで滑るシーンなど、タイトルの「疾風」にふさわしく疾走感もあり、とても気持ちよく読めました。
それから、「今」らしさを感じさせる作品であったことも強く印象に残りました。
東日本大震災原発事故について触れられていたり、登場人物がみんなスマホを持っていて、中学生の秀人がスキー場で出会った女の子と交換するのが電話番号やメールアドレスではなく「ID」(おそらくLINEの?)だというところも、まさに今この時代をリアルに描いていると思いました。
この辺りは「いきなり文庫」でより多くの読者に届けられる作品だという利点を最大限に活かしているのかもしれませんね。
普段単行本が文庫落ちするのを待ってから読んでいる私としては、こうしたリアルな「今」を感じられる読書がなかなかできないでいるので、なんだかとてもうれしかったです。


どちらかというと社会派の重厚なストーリーや本格ミステリが好きな私ではありますが、こういうコメディータッチの作品も楽しいなと思いました。
また「いきなり文庫」企画をやってくれることを期待しています。
☆4つ。