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『禁断の魔術』東野圭吾

禁断の魔術 (文春文庫)

禁断の魔術 (文春文庫)


高校の物理研究会で湯川の後輩にあたる古芝伸吾は、育ての親だった姉が亡くなって帝都大を中退し町工場で働いていた。ある日、フリーライターが殺された。彼は代議士の大賀を追っており、また大賀の担当の新聞記者が伸吾の姉だったことが判明する。伸吾が失踪し、湯川は伸吾のある“企み”に気づくが…。シリーズ最高傑作!

単行本時には中編だった「猛射つ(うつ)」という作品を大幅にリライトし、長編として生まれ変わらせたのがこの『禁断の魔術』だとのことです。
単行本の方は読んでいないので、どこがどのように変わったのかは私には分かりませんが、湯川の「先生」としての側面がクローズアップされていて、単にミステリとしてだけではなく、師弟関係のあり方や科学との向き合い方について考えさせられる作品でした。


湯川の先生としての魅力が感じられる作品と言えばやはり『真夏の方程式』でしょうか。
子ども嫌いのはずの湯川が、出張先で出会った小学生の夏休みの宿題を手伝ったりする姿が微笑ましく、その小学生の少年との交流が謎解きにも大きく関わってくるという展開が巧みで、ラストはなかなか感動させられました。
その印象が強かったので、この作品も古芝伸吾という湯川の高校の後輩が登場し、湯川が伸吾の頼みに応じて物理研究会の部員募集のために知恵を授けたという設定に、今作でも同じような感動が味わえるのかと期待がふくらみました。
結論を言えば期待しすぎたのかそれほどの感動はなかったのですが、自分が科学知識を授けた後輩がその科学を用いて復讐をしようと企んでいるのに気付いた湯川がとった行動に、彼の科学に対する真摯な姿勢と覚悟が表れていて、これまで以上に湯川の魅力が増して感じられました。
科学を学んで得た知識や技術をどのように使うか。
単に優秀な科学者であるだけでなく、人間性にも優れた湯川だからこその事件の顛末が心に響きました。


東野さんの代表的シリーズだけあって、読みやすさと水準の高さは折り紙つき。
人物描写も、伏線の張り方も、クライマックスの盛り上げ方も、非常にそつなくきれいにまとまった話になっています。
あまりにそつがなさすぎて、もうひとひねり欲しかったなぁと思うのは欲張りすぎでしょうか。
ミステリとしてもう少し驚きが欲しかったという気がします。
十分に水準は高く、読ませる作品ではあるのですが。
ついつい東野作品には評価が辛くなってしまって申し訳ないのですが、それは常に安定したレベルを保っていることの裏返しでもあります。
ラストを読むと、しばらくガリレオシリーズはお休みなのかなとも思えます。
ネタを考えつくのも大変でしょうし、東野さんの他の作品も読みたいので、ここでいったんお休みにするのはかまわないのですが、この作品を最後にはしてほしくないというのも正直なところ。
もう一作くらい、読みごたえある長編で湯川の活躍を見てみたいです。


長く続くシリーズだけあって、おなじみの登場人物たちにも愛着があります。
今作でも湯川、草薙、内海薫の3人が活躍しますが、いくつもの事件を一緒に解決してきたからこその連帯感と信頼感が垣間見える場面が多く、あたたかい気持ちになりました。
福山雅治さん主演による映像化もまた見てみたいものです。
☆4つ。


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