tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『やさしい共犯、無欲な泥棒』光原百合


尾道に生まれ育ち少女の頃から「ミステリ」と「メルヘン」を愛した光原百合は、やがて英文学研究者となり、故郷で教鞭をとりつつ創作を続けた。
惜しまれながら亡くなった作家のファンタジーや童話まで幅広いジャンルの傑作を収録。
全篇に溢れる切なさ、優しさ、ユーモアは読者を至福の世界に誘う。

昨年8月に惜しまれつつ亡くなった光原百合さんの珠玉の短編を編んだ作品集です。
既読作品ばかりというのも覚悟していたのですが、ふたを開けてみれば今まであまり書籍化されていない作品が中心で、ほとんどが未読だったのはうれしい驚きでした。
ジャンルも光原さんの地元・尾道をモデルにした街が舞台の作品から、ミステリ、ファンタジー、童話まで、光原さんの幅広い作風を存分に楽しめるセレクトになっていて、初めて読む光原作品としてもぴったりな1冊です。


本作は短編集ですが三部構成になっていて、第一部は尾道をモデルにした「潮ノ道」という架空の街が舞台の作品3編。
うち2編 (「黄昏飛行」「黄昏飛行 涙の理由」) は「FM潮ノ道」というコミュニティFMが舞台になっていて、私は既読でしたが改めて読んでみると潮ノ道の魅力がまた新鮮に感じられました。
坂が多くて暮らしやすいとは言えないかもしれませんが、都会でもなく田舎というほどでもない、ちょうどいい地方の小さな町という感じで、多くの映画のロケ地となった風光明媚な場所への憧れが募ります。
また、この作品は主人公のラジオパーソナリティーの女性の、FM局長への淡い恋心の描写がいいんですよね。
この先ふたりの関係を進展させる気が光原さんにあったかどうか、今となってはそれは永遠の謎となってしまいましたが、微妙な関係のままだからこその味わいもあるように思います。
もう1編は「不通」というタイトルの、大阪の大学に通う学生が失恋をした後、潮ノ道へ里帰りする話です。
青春の瑞々しさ、切なさ、郷愁などが入り混じる、味わい深い作品でした。


第二部はミステリ短編3編。
「花散る夜に」はファンタジーでありながらミステリでもあって、一粒で二度おいしい作品です。
登場人物のキャラが立っていて魅力的ですし、どんな病も治す力を持つという不思議な木の実の設定が興味深く、その木の実をめぐって描かれる人間関係と謎解きに引き込まれました。
2編目の「やさしい共犯」はなんとデビュー前に書かれた作品とのこと。
浪速大学ミステリ研究会」の面々が活躍 (?) する青春ミステリです。
殺人事件が起こるわけではないので日常の謎に分類されるかと思いますが、オチはとある有名ミステリ作品を想起させます。
光原さんのミステリ愛が伝わってきて、登場人物たちの大阪弁も私には親しみやすく、うれしくなりました。
そして同じく「浪速大学ミステリ研究会」が登場する「無欲な泥棒」は「関西ミステリ連盟」という組織のイベントで起こった出来事の謎を描いた話なのですが、冒頭からミステリファンにはなじみ深い人物の名前が登場して驚きました。
結局、作中に3人の日本の有名探偵キャラが登場し、その遊び心に楽しい気分になりました。
光原さんの交友関係もうかがえて、ミステリ好き必読の作品といえるかもしれません。


第三部は光原さんが勤務されていた大学の学生さんたちと刊行していた小冊子「尾道草紙」に寄稿された2作品です。
「花吹雪」「弥生尽の約束」というタイトルでどちらもショートショートというレベルの小品ですが、少し不思議で少し切ない、光原さんらしさを存分に感じられる物語でした。
どちらも桜の花が印象的に描かれています。
実際に尾道は桜景色が美しい街なのでしょうね。
見たことがないはずの桜色に染まった町の景色が脳裏に浮かんできて、いつか本物の尾道に行ってみたいと思わされました。


どの作品も読んでいて嫌な気分になるところがなく、本当に心地よく物語の世界に浸ることができました。
思えばタイトルの「やさしい共犯、無欲な泥棒」は光原さんの作風そのものを表すかのようですね。
光原作品には根っからの悪人というのはほとんど出てきません。
悲しい出来事を描いていても、どこかあたたかく、救いがある。
光原さんご本人が、人間に対して、あるいは街に対して、あたたかいまなざしをいつも注いでおられたのだろうなということが伝わってきます。
だからこそもっともっと読みたいという気になりますし、まだ50代という若さで亡くなられたことが惜しまれてなりません。
☆4つ。