tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『いつかの岸辺に跳ねていく』加納朋子


俺の幼馴染・徹子は変わり者だ。道ばたで突然見知らぬ人に抱きついたり、俺が交通事故で入院した時、事故とは全く関係ないのに、なぜか枕元で泣いて謝ったり。合格間違いなしの志望校に落ちても、ケロッとしている。徹子は何かを隠してる。俺は彼女の秘密を探ろうとするが……。互いを思いやる二人の物語が重なった時、温かな真実が明らかになる。

最近はちょっとミステリから離れている印象があった加納朋子さんですが、本作はミステリの技法を用いたファンタジー風味の物語で、これぞ加納さん!と言える読み心地の作品です。
やっぱり私は加納さんが紡ぐ物語が大好きだなあと、心の底から思いました。


本作は「フラット」と「レリーフ」の2章からなる長編小説です。
「フラット」では、護という体格に恵まれ心優しい男子の視点から、幼なじみの徹子について語られます。
徹子は小さい時から突拍子もない行動をとることがあり、周囲から変わった子扱いされ、母親からは不気味だとすら思われている女の子です。
けれども護はそんな徹子のよき理解者で、恋愛感情はないものの (本人談)、いい友達としての関係が続いていました。
大学生になり、社会人になりーーと大人になるにつれて会うことは減っていったものの、護の地元への転勤を機に再会し、「30歳になってもお互い独り身だったら付き合ってみる」ことを約束します。
ーーと、ここまでのあらすじを読むと、ごくごく普通のありがちな幼なじみ同士の青春・恋愛小説という印象なのですが、「フラット」の衝撃的な結末の後、徹子視点の章「レリーフ」に入ると、一気に物語が反転します。
徹子の突拍子もない行動の数々には一体どういう意味があったのか、護が感じていた「徹子は何かを隠している」の「何か」とは何だったのか、といった謎に対する答えが、どんどん明かされていきます。
それはミステリにおける解答編を読んでいるときの、「ああ、そういうことだったのか!」という爽快感そのもの。
そして終盤にはこれまた爽快な気分になれるどんでん返しが待っています。
最後にひとつ残った謎にもきれいに答えが提示されて、その答えの優しさとあたたかさに泣かされてしまいました。


護も徹子も他人のことを思いやる、とても優しい心の持ち主で、ぜひ友達にほしいと思うような「いい人」です。
護と徹子の共通の友人として登場するのもみんないい子たちばかり。
その一方で、悪人は徹底的に悪人として描くのが、加納さんらしいところです。
レリーフ」に登場する「カタリ」という男性の言動のおぞましさといったら、サスペンス小説並みの怖さです。
カタリほどではないものの、徹子の母親の歪みっぷりも「毒親」といってもいいほどで、嫌な気分にさせられます。
最近話題になった「親ガチャ」という言葉が示すように、親が選べるものではないのと同様、人生のいくつかのステージにおける出会いもさまざまな偶然によって起こるもので、自分で選択できるものではありません。
どうしようもなく嫌な人間や、問題のある人間に当たってしまうこともあります。
そうした運命は、そう簡単には変えられない。
けれども、ひとりでは抗うことの難しい不幸な運命にも、心強い味方の存在があれば、ともに抗い闘うことができるのです。
そんな味方との出会いもまた運命。
いい運命も悪い運命も、両方あってこその人生だなと、しみじみした気持ちになりました。


加納さんの代表作「駒子」シリーズのような日常の謎とはまた違った、新しいタイプのミステリといってもいいのではないかと思います。
伏線の張り方、謎解きの爽快感、どんでん返しの驚きといった、ミステリに求められる要素がしっかり盛り込まれた上、心温まる感動的な結末という文句なしのストーリーにがっちり心をつかまれ、一気読みでした。
☆5つ。