tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『逆ソクラテス』伊坂幸太郎


「敵は、先入観だよ」学力も運動もそこそこの小学6年生の僕は、転校生の安斎から、突然ある作戦を持ちかけられる。カンニングから始まったその計画は、クラスメイトや担任の先生を巻き込んで、予想外の結末を迎える。はたして逆転劇なるか!? 表題作ほか、「スロウではない」「非オプティマス」など、世界をひっくり返す無上の全5編を収録。最高の読後感を約束する、第33回柴田錬三郎賞受賞作。

伊坂さんの短編集は久しぶりに読んだ気がします。
短編でも伊坂さんの持ち味である軽妙な会話や爽快なストーリー展開は健在で、安心して楽しめました。


とはいえ、本作は伊坂作品としてはちょっと珍しい部類に入るかもしれません。
まず、収録されているどの短編も主人公は普通の小学生。
伊坂作品ではギャングだの死神だの殺し屋だの、ちょっと普通ではない、しかも物騒な登場人物たちの印象が強いので、特に何の能力もない、ごくごく普通のどこにでもいる小学生の視点から描かれた話というのは非常に新鮮でした。
そんな普通の小学生の物語でも決して退屈などということはなく、すっと胸がすくような痛快な物語を読ませてくれるのはさすがといったところでしょう。
さらにもうひとつの珍しいところは、舞台が仙台ではないことでしょうか。
作中で特に言及がなかっただけで、もしかしたら伊坂さんの中では仙台の物語として書かれているのかもしれませんが、今回は地名を特定しないことで、「どこにでもいる普通の小学生」という主人公たちの特性が強調されているように感じました。
物語性も文体もいつもの伊坂作品だけれど、そこに少し新鮮な風が吹き込まれている。
ずっと伊坂さんの作品を追い続けてきたからこそ、こうした「いつもとちょっと違った雰囲気」に心地よく浸ることができました。


小学生の日常を描いた作品集なので、大人である私が懐かしさを感じるのは当たり前といえば当たり前なのですが、エピソードが「小学生あるある」っぽいのもノスタルジーを感じさせる大きな要因です。
「逆ソクラテス」に登場する、決めつけばかりしているちょっと無神経な先生だとか、「スロウではない」のリーダー格の意地悪な女の子だとか、「非オプティマス」で授業中に缶ペンケースを落として大きな音を立てるいたずらをする子たちだとか、「アンスポーツマンライク」の高圧的なスポーツ指導者だとか、「逆ワシントン」での家庭がワケありっぽい男の子とか。
ああ、確かにこんな子やこんな先生、いたなと思える人物が一編にひとりは必ず出てくるのです。
それがなんだか、伊坂さんと「あんな人いたよね」と小学生時代の思い出を語り合っているようで、ちょっとくすぐったいような気持ちになりました。
小学生時代の思い出といえば、伊坂さんが実際に担任してもらった先生から名前を借りた「磯憲」という先生が5編中2編で登場します。
この先生がなかなかいい先生で、伊坂さんが好きだった先生なんだろうなというのが伝わってきてほっこりしました。
小学校時代は特に先生の存在は大きいものだと思います。
「アンスポーツマンライク」で臨時コーチの磯憲にバスケの指導をしてもらった子どもたちが描かれ、その子どものひとりのその後が「逆ワシントン」で明らかになるのですが、磯憲も教え子の活躍を喜んでいるだろうなと思うと胸に込み上げるものがありました。
学校の先生とその教え子の関係性っていいものですね。
もちろん嫌な先生もいるものですし、問題児だっていますから、いい関係ばかりとはいきませんが、誰にでも印象に残る先生がひとりはいるのではないでしょうか。
私も小学校の担任の先生たちを思い出して、懐かしさで胸がいっぱいになりました。


新鮮さと懐かしさと安定感で誰にでもおすすめできそうな短編集でした。
伊坂さんご本人は巻末のインタビューで「子供をメインに据えた小説を書くのが苦手」と言われていますが、いやいや、どの話もとてもよかったですよと伝えたいです。
子どもたちを子ども扱いせず、ちゃんとひとりの人間として尊重した描き方がされている点にも伊坂さんらしさが感じられました。
またぜひ子どもを主人公にした話を読みたいです。
☆4つ。