tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『キャプテンサンダーボルト』阿部和重・伊坂幸太郎


ゴシキヌマの水をよこせ―突如として謎の外国人テロリストに狙われることになった相葉時之は、逃げ込んだ映画館で旧友・井ノ原悠と再会。小学校時代の悪友コンビの決死の逃亡が始まる。破壊をまき散らしながら追ってくる敵が狙う水の正体は。話題の一気読みエンタメ大作、遂に文庫化。本編開始一時間前を描く掌編も収録!

芥川賞作家の阿部和重さんと、本屋大賞作家の伊坂幸太郎さんが、なんとタッグを組んで共著を出されました。
それが本作『キャプテンサンダーボルト』。
阿部さんの著書は読んだことがないので、さてどんなものかなと思っていたら、意外といつもの伊坂作品と似たような感じで全く違和感なく読めました。


それぞれの事情で金に困っている相葉時之と井ノ原悠。
小学生の頃同じ少年野球チームに属していたふたりは、思いがけないところで再会し、思わぬ危機にふたりで巻き込まれていくことになります。
ふたりが小学生時代に夢中になっていた特撮ヒーロードラマ「鳴神戦隊サンダーボルト」など、序盤からあれこれ気になるネタがたくさん登場します。
それらが後々のストーリーに少しずつ絡んできて、予想もつかなかった展開になる、というのは伊坂作品ではおなじみですね。
伏線が次々につながっていく快感はまさに伊坂作品の魅力そのもので、だからこそ安心して読めました。
普通の、というよりちょっと情けないくらいの一般人が予想外の危機に陥るけれども、それまでの経験や知恵を生かしてなんだかんだで危機を乗り切って、ついでに (?) 世界をも救ってしまうというある意味分かりやすいストーリー展開なので、単純にエンタメ小説として十分楽しめます。
それでいて、陰謀論的な話や、ワクチンの話など、じっくり考えれば深いテーマも織り込まれていて、これも伊坂さんらしいなと思わされました。
阿部さんの作品を全く読んだことがないので何とも言えませんが、伊坂さんばかりがストーリーを考えたということはないでしょうし、そう考えるときっともともと相性の合うコンビだったのだろうと思います。
文章に関しても、ここは伊坂さんっぽい言い回しだなと感じるところはいくつかありましたが、実際にどちらが書いているかは分かりませんし、2人で分担して書いていることによる不自然さや違和感などは全くなく、非常に読みやすかったです。


物語の舞台は仙台と山形。
仙台は伊坂さんの作品ではおなじみの舞台ですが、山形は?と思ったら阿部さんが山形出身とのことでした。
こういうところにも共作ならではの面白みが出ていますね。
伊坂さんの単著なら仙台のみで話が終わってしまうところでしょうから。
仙台と山形の実在の場所や地名が続々登場するので、私にも土地勘があればもっと楽しめたのかなと思いますが、親切なことに上巻の巻末に地図がついていて、どの辺りで物語が展開しているのかが分かるようになっているのがありがたかったです。
日本の地方都市の片隅で始まった物語が、やがて世界的な事件につながっていくという思わぬ広がりを見せ、相葉と井ノ原を襲うピンチの数々にハラハラしました。
そして、日本のみならず世界中をも危機に陥れかねない「あるもの」をふたりが悪役と戦って奪う場所が、ふたりが通っていた小学校の校庭というのがいいですね。
ノスタルジーを感じさせる場所であることは言うまでもなく、その場所だからこそふたりは戦いに勝つすべを見出すのです。
世界の危機を救う戦いというとスケールが大きいですが、戦いは世界規模じゃなく日本の地方で行われるというのがなんとも痛快で、実際の危機も案外どこか世界の片隅でひっそりと救われているのかもしれないという妙なリアリティを感じさせます。
さらに、東京大空襲の日に起きた東北でのB29墜落事件や、東北楽天ゴールデンイーグルス田中将大投手の連続イニング無失点記録の更新など、現実に起きた出来事が描かれるのも、物語のリアリティを高めています。


ハラハラドキドキの映画を観ているようで、年末年始に読むにはぴったりの作品でした。
伊坂さんの『ゴールデンスランバー』と似たような楽しさがあったので、ぜひ映像化してほしいなと思います。
純文学には苦手意識がある私ですが、阿部さんの作品も読んでみたくなりました。
☆4つ。