tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光


大御所ミステリ作家の宮内彰吾が、癌の闘病を経て61歳で死去した。
女癖が悪かった宮内は、妻帯者でありながら多くの女性と交際しており、そのうちの一人とは子供までつくっていた。
それが僕だ。

宮内の死後、彼の長男から僕に連絡が入る。
「親父は『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルの小説を死ぬ間際に書いていたらしい。遺作として出版したいが、原稿が見つからない。なにか知らないか」

奇妙な成り行きから僕は、一度も会ったことがない父の遺稿を探すことになる。知り合いの文芸編集者・霧子さんの力も借りて、業界関係者や父の愛人たちに調べを入れていくうちに、僕は父の複雑な人物像を知っていく。
やがて父の遺稿を狙う別の何者かの妨害も始まり、ついに僕は『世界でいちばん透きとおった物語』に隠された衝撃の真実にたどり着く――。

ツイッターなどのSNSでたくさんの評判を目にし、ついには新聞の読書欄でも紹介されて、これはネタバレに遭遇してしまう前に早く読まなくては……!と急いで読んだ作品です。
いやあなるほど、これは評判になるわ、と納得しきりでした。
しかしネタバレを避けるのがなんとも難しい作品であることも確かで、いつもより短めの感想文にはなりますが感じたことをつづってみます。


人気ミステリ作家の宮内彰吾とその愛人のひとりとの間に生まれた主人公が、宮内の死後、彼の遺作と思われる原稿を探すよう依頼されて調査を始めます。
謎解きの主眼は宮内の遺作原稿が本当にあるのか、あるとすればどこにあるのかという点にあるので、ミステリのジャンルとしては殺人事件が起きない日常系ミステリということになるでしょう。
そして、この本が評判になった一番の理由は、ある仕掛けが施されていることなのですが、実は私、かなり早い段階でその仕掛けには気づいてしまいました。
確か第1章の途中でなんとなく気づいていたと思います。
ちょっと帯にヒントが書かれすぎな気がしますが、しかしこの仕掛けに気づいたところで本作の面白さが損なわれるわけではありませんでした。
その仕掛けがストーリーにおいてどのような意味があるのかは、最後まで読まないとわからなかったからです。
仕掛けに気づいた後も、この遺稿探しの物語はどこへ行きつくのだろうと、純粋にミステリとして楽しめました。
その謎解きと物語の面白さはぜひ実際に本作を読んで多くの人に味わってほしいと思います。


本作には作家の宮内だけでなく、編集者や校閲者といった、出版関係の職業の人たちも登場します。
さらには主人公の青年も本屋でアルバイトをしています。
読了後、本作ほどこうした「本づくりに関わる人々」の役割の大きさを実感できる作品はないなと感じました。
もちろんそれは作者が一番感じていることでしょう。
最後まで読むと、作者からそうした人々への感謝の気持ちが他のどんな作品よりも強く強く伝わってきます。
本は作家の名前だけが表紙に大きく出ますが、実際にはその本を世に出すために地味でも根気強く丁寧な仕事をする裏方の人たちがたくさん存在する。
1冊の本が出るまでに、どれくらいの人が関わっているのかなと、思いを馳せずにはいられませんでした。


なんとも気持ちのよい読後感を味わえ、謎解きにも物語にも大満足の1冊でした。
ぜひ、ネタバレに遭遇する前に読むことをおすすめしたいです。
作中には実在の作家や書名もいくつも登場するので、ミステリ好きに限らず本好きとしてもたまらない作品でした。
☆5つ。