tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『水を縫う』寺地はるな


手芸好きをからかわれ、周囲から浮いている高校一年生の清澄。一方、結婚を控えた姉の水青は、かわいいものや華やかな場が苦手だ。そんな彼女のために、清澄はウェディングドレスを手作りすると宣言するが、母・さつ子からは反対されて――。「男なのに」「女らしく」「母親/父親だから」。そんな言葉に立ち止まったことのあるすべての人へ贈る、清々しい家族小説。第9回河合隼雄物語賞受賞作。

最近気になり始めた作家さんのひとり、寺地はるなさんの作品をようやく読めました。
そして、初めて読んだのがこの作品で本当によかったと思いました。
読み応えたっぷりの大作ではないし、何か大きな事件が起こるわけでもない。
ある家族の日常を描いただけの物語です。
それでも強く心を揺さぶられ、自然と涙があふれてきました。


主人公の清澄は刺繍が得意な男子高校生。
「男子なのに」手芸好きということをからかわれ、クラスでは浮いてしまって友達もいない中学時代を過ごしました。
そんな清澄は、婚約中の姉・水青 (みお) のウェディングドレスを作りたいと申し出ますが、小学生時代に痴漢に遭った水青はそれ以来「女らしい」ものを自分が身に付けることを極端に嫌っています。
どんなドレスなら水青が受け入れてくれて、しかも似合うのかと、苦悩する清澄の姿が描かれます。
「男らしさ」「女らしさ」は、昨今の多様性を語る上で外せないキーワードです。
肯定的に語られることもある反面、そうした「らしさ」の呪縛に苦しむ人も大勢いることが、近年しばしば話題に上るようになりました。
手芸好きで男らしくない清澄、女らしいものを拒絶する水青、子どもたちが失敗しないように先回りしてあれこれ口出ししてしまう清澄の母・さつ子、清澄と水青のよき理解者である祖母の文枝、さつ子と離婚した清澄と水青の父・全、離婚後の全を自らが経営する縫製工場で雇い、ともに生活する黒田。
それぞれがそれぞれの生きづらさや悩みを抱えながら日々を暮らしています。


個人的には手芸がまったく得意ではないので、手先が器用で刺繍までできてしまう清澄には、いいな、うらやましいという感情が一番に湧きました。
男らしくはないかもしれませんが、実用的な趣味とも言えますし、好きなら他人の目なんて気にしなければいいじゃない、と言いたいところです。
ですが、男らしくなく友達もできない清澄を心配する母のさつ子は、清澄に無理やり武道を習わせようとしたりします。
でもその気持ちもわかるのです。
親の立場としては、子どもが生きづらそうにしている姿など見たくないに違いありません。
できるだけ「普通に」、みんなに溶け込んで、うまく世渡りしていけるようにしてやりたいという願いは、痛いほど理解できます。
一方で祖母の文枝は清澄に手芸を教え、清澄に口うるさくなってしまうさつ子をたしなめるなど、清澄のよき理解者です。
それは救いではあるのですが、この時代に性別なんて関係ないという進歩的な考え方を持つ文枝も、自身のことに関しては父や夫から押し付けられた古い価値観に今も囚われています。
本作は清澄とその家族+黒田それぞれが主人公となる章で構成されていますが、文枝が視点人物となる第四章「プールサイドの犬」が一番心に残りました。
友達に誘われ、過去の不快な記憶から解放されて、スイミングに通い始める文枝の姿に、大いに励まされる気がしたのです。
年齢など関係ない、何歳からだって人は変われるし新しい一歩を踏み出すことができる――。
それはきっと多くの人にとって、大きな希望であるはず。
そう思ったら、胸がいっぱいになって涙が込み上げてきました。


「らしさ」のすべてを否定することはないのかもしれないけれど、「らしさ」に囚われることもない。
もっと自由に、自らの心や感情に素直に生きていいのだと、全編を通して優しく語りかけられるかのようでした。
舞台となっている町が個人的になじみのある場所で、登場人物たちのやわらかな大阪弁も親近感があり、自分にとって非常に身近な物語だと感じられたことで、余計に心を動かされました。
読めてよかったです。
☆5つ。