tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『銃とチョコレート』乙一

銃とチョコレート (講談社文庫)

銃とチョコレート (講談社文庫)


大富豪の家を狙い財宝を盗み続ける大悪党ゴディバと、国民的ヒーローの名探偵ロイズとの対決は世間の注目の的。健気で一途な少年リンツが偶然手に入れた地図は事件解決の鍵か!?リンツは憧れの探偵ロイズと冒険の旅にでる。王道の探偵小説の痛快さと、仕掛けの意外性の面白さを兼ねる傑作、待望の文庫化!

子ども向けミステリ叢書、「講談社ミステリーランド」として刊行された作品が、ようやく文庫化されました。
この作品はミステリーランドの中でも評価が高かったですし、もともと乙一さんの作品が好きなので、ようやく読めてうれしい限りです。


全体を通して、「子ども向け」という点をしっかり意識して書かれた作品だなと思いました。
文章は難しい言葉を使わず、ひらがな多め、状況説明もとても丁寧。
ストーリーも、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズや、ホームズやルパンのジュブナイルものを意識したような、怪盗ゴディバ対名探偵ロイズという分かりやすい構図で、主人公の少年リンツがお父さんに買ってもらった聖書から宝の地図 (らしきもの) が出てきたり、その地図をきっかけに冒険の旅に出ることになったりと、少年少女がワクワクするようなモチーフや展開がバンバン登場します。
途中暴力シーンもあって、子どもにはちょっと怖い部分もあるかもしれませんが、きれいなものだけで作り上げた道徳的な話ではないからこその面白さがあって、教科書では味わえない読書体験を子どもたちに与えてくれると思います。
ストーリーが進むにつれて、怪盗ゴディバと名探偵ロイズの正体が徐々に明かされていき、それと同時に勧善懲悪の構図が崩れていくところも、わかりやすさは保ちながら単純な物語にはしないという作者の意気込みが感じられました。
ミステリとしても、非常に丁寧に伏線を張って、しっかり全部回収しているところが大人のミステリファンとしても好感を持てますし、子どもの読者にもわかりやすくてよいのではないでしょうか。
それほど大きな意外性やどんでん返しや緻密なトリックなどがあるわけではありませんが、ミステリの面白さの基本はしっかり押さえている感じです。
終盤の展開にはどうなることかとハラハラさせられますし、最後の謎解きも心があたたかくなるような真相で、読後感もよかったです。
この作品を「はじめてのミステリ」として読む子どもたちは幸せだなぁと、うらやましくなりました。


リンツが移民の子であることから受ける差別について、さりげなく触れられているのもいいなと思いました。
声高に問題提起するのではなく、あくまでも主人公の日常を描く中で、さらりと書いていることで逆に印象に残りました。
リンツも差別を受けることで嫌な思いはしていても、卑屈になったり暗くなったりしていないところが共感しやすくてよかったです。
そういう少し社会的なテーマを盛り込みつつも、基本はエンターテインメント。
あらすじだけを見ても分かるように、キャラクターの名前がチョコレートにちなんだものになっているのが楽しいし、実際にチョコレートが食べたくなります。
物語中にももちろん食べ物としてのチョコレートが登場するのですが、最後の方でリンツが新しいチョコレート製品のアイディアを思いつくところでは、思わずにやりとさせられました。
「銃とチョコレート」というタイトルは、なんだか「飴と鞭」みたいな語感ですが (順序が逆ですが……)、銃のように冷たく暴力的な場面があったかと思うと、チョコレートのような甘くて少しほろ苦い展開もあるこの物語にぴったりで、読み終えてからしみじみといいタイトルだなぁと思いました。


自分がすでに大人であることが残念にすら思える作品でしたが、大人には大人の楽しみ方がありますね。
改めて、よい物語は読者の年齢を選ばないと実感させてくれました。
最近の乙一さんは別名義での活動の方が多いのでしょうか。
ひさしぶりに乙一名義での大人向けミステリも読んでみたいと思いました。
☆4つ。