tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ぐるぐる猿と歌う鳥』加納朋子


父の転勤で北九州の社宅へ引っ越して来た高見森。同じ社宅に住む子どもたちと仲良くなるにつれ、彼らがある秘密を共有していることに気づく。そして「パック」と呼ばれる謎の少年には、ある役割があった―。理不尽な想いを抱える仲間を守り、仲間に守られながら生きる少年少女たちの、清々しく明るい物語。

子ども向けミステリの叢書、講談社ミステリーランドの1冊として刊行された作品。
加納さんの優しくあたたかい作風はヤングアダルトや児童書と相性が良いのではないかと思ってはいましたが、ここまではまるとは!
とは言え、ただの児童書の枠には収まりきらない、奥の深さがうかがえる作品です。


父親の転勤により東京から北九州へ引っ越してきた小学5年生の高見森(たかみ・しん)。
転校前の学校では乱暴ないじめっ子扱いだった森は、北九州の方言に戸惑いながらもすぐに同じ社宅に住む子どもたちと仲良くなっていきます。
やがて森が気になり始めたのは、仲間のひとりであるパックという少年。
森が転校前の学校でいじめっ子扱いされた謎を解き明かしてくれたパックは、なぜか大人には内緒の存在で――?


何と言っても登場する子どもたちがみんな生き生きしていてかわいい。
北九州の方言でテンポよく交わされる会話が、読んでいてとても心地いいです。
遊ぶ様子も、いたずらする様子も、その元気いっぱいで楽しそうな子どもたちの表情やしぐさが自然に頭の中に浮かんできて、愛おしいような懐かしいような何とも言えないあたたかい感情が湧いてきます。
加納さんの子どもたちに対する愛情たっぷりのまなざしが、文章にそのまま表れているからだと思います。
「無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている」夏目漱石の『坊っちゃん』のような森、森の隣の家に住む心優しく繊細なココちゃん、美少女なのに強烈に訛っているトトキ、竹本5兄弟、そして謎に包まれた存在のパック。
どの子も本当にいい子たちで、だからこそ彼らが抱える重い荷物や心の傷や悲しみには本当に胸が痛くなってしまうのですが、それも加納さんの優しいまなざしによって救われます。


作中、殺人事件は起こりませんが、ちゃんとミステリとして成立しているのもさすがですね。
社宅という舞台設定が非常にうまく活かせていると思いました。
子どもたちの小さな世界で起こる謎解きを平易な文章で描いていて、小学生くらいの子どもが初めて出会う日常ミステリにふさわしい作品です。
森が幼い頃出会った女の子の謎、転校前の学校で起こった理不尽なできごと、ココちゃんが大人の男性を苦手にしている理由、そしてパックに関する秘密…。
一つ一つは小さな謎かもしれない。
派手な事件は何も起こらない。
成長して大人になるということは、幼い頃には理由や原因が分からなかったことや、どうしていいのかよく分からなかったことが、だんだんと分かるようになっていくということなのかもしれない。
分かったところでどうしようもないような厳しい現実があるということが分かっていくのもまた、大人になるための通過儀礼なのでしょう。
大人は「子どもは知らなくていい、まだ分からなくていい」と現実の厳しさから子どもを遠ざけようとしがちですが、どんなに遠ざけても子どもたちは現実に全く触れないというわけにはいきません。
むしろ大人が望まなくても、否応なく子どもたちは現実の厳しさに巻き込まれています。
子どもは子どもなりに、どうにもならない現実に対処していく方法を少しずつ学んでいく。
決してきれいごとばかりではなく、世の中の汚いところも理不尽なところも見せながら、それでも優しさとあたたかさで包み込むような加納さんの作風が大好きです。


巻末の解説によると、加納さんは本作の続編を考えておられるようです。
もし続編が読めるなら、森とパックのその後が読めるなら、本当にうれしいです。
大きな病気との闘いの後、昨年作家活動を再開されたばかりの加納さん。
無理は言えませんが、ファンの一人としていつまででも待っていますから、どうぞゆっくり書いてくださいね。
☆4つ。