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『死神の浮力』伊坂幸太郎

死神の浮力 (文春文庫)

死神の浮力 (文春文庫)


娘を殺された山野辺夫妻は、逮捕されながら無罪判決を受けた犯人の本城への復讐を計画していた。そこへ人間の死の可否を判定する“死神”の千葉がやってきた。千葉は夫妻と共に本城を追うが―。展開の読めないエンターテインメントでありながら、死に対峙した人間の弱さと強さを浮き彫りにする傑作長編。

指定された人間の元に派遣され、その人間の死の可否を判定するという仕事に従事する死神・千葉が主人公の連作短編集『死神の精度』の続編です。
『死神の精度』はけっこう好きだったのですが、まさか続編が出るとは思っていませんでした。
「ミュージック」をこよなく愛する雨男の千葉と再会できて、とてもうれしいです。


千葉が今回調査することになったのは、幼い娘を本城という男に殺された作家・山野辺。
支配欲の強いサイコパスである本城は、計画通りまんまと無罪判決を勝ち取り、釈放されます。
そこで山野辺は妻と共に本城に復讐をしようとし、千葉も山野辺に対する調査期間である1週間の間、その復讐計画に付き合うことになります。
千葉は自分も本城に対する恨みがあると嘘をついて、時に山野辺夫妻の計画に手を貸すようなこともしますし、ちょっとずれた発言をして (本人は大まじめなのですが) 張りつめた山野辺夫妻の心を和ませたりもしますが、あくまでも千葉は死神、というところが本作のポイントです。
仕事に手抜きは許されないと考え、職務に忠実な死神である千葉は、ある意味では山野辺夫妻に対してとても冷酷です。
普通の人間なら夫妻に同情するであろう場面でも、千葉は決して自らの調査対象の人間に感情移入するようなことはなく、非常に冷静に自分の仕事を遂行することだけを考えます。
7日間の復讐劇の結末も、山野辺夫妻にとっていい結果とは言い切れず、読者としてはやりきれない思いが残りますが、そのほろ苦さが「人はいつか必ず死ぬ」という本作を貫くテーマを印象付けています。


作中、山野辺が自分の父親の最期の日々を回想し、「死に対する恐怖」について妻と千葉に対して語ったり、考えたりする場面が何度か登場します。
さらには社会に一定数いると言われるサイコパスについての話や、戦争についての考察も。
これらすべて、伊坂さん自身が普段から考えていることなんだろうなと思い、非常に興味深かったです。
死を恐れるのは、きっと古今東西あらゆる人にとって共通の感情。
私も子どもの頃、死がとても怖かった時期がありました。
その後歳をとるにつれて恐怖心は徐々に薄れてきましたが、完全になくなったとは言えず、たとえばもし今余命宣告を受けるようなことがあれば、そりゃもう泣いたり怒ったり沈み込んだりと大変なことになりそうです。
なので、晩年の父親から「先に行って、怖くないことを確かめてくるよ」と言われた山野辺が「何だか怖くなくなった」と感じたエピソードには共感できました。
自分一人だけが死ぬのは怖いけれど、他の人にも死は平等に訪れ、先に行って待っててくれている人がいる――そう考えれば恐怖感はずいぶん和らぐように思います。
そして、どんな人でも、どんな人生を歩んでも、ゴールはみんな同じだと思えば、肩の力も程よく抜けて、気楽に生きていけるような気がします。


実は本城も千葉とは別の死神の調査対象になっているのですが、最終的に2人の死神による可否判定の違いで本城と山野辺の命運が分かれます。
その結末の違いに少し意外性があり、死を否定的に捉えない描き方に好感を抱きました。
前作よりシリアスな雰囲気ながら、ユーモアも適度に交える伊坂さんらしい文章が、重ためのテーマによく合っていてよかったです。
そういえば、タイトルの「浮力」は比喩的な意味なのかと思いきや、全くの文字通りの意味で文中に登場するのも何だか面白いなと思いました。
☆4つ。


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