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『ソロモンの偽証 第III部 法廷』宮部みゆき

ソロモンの偽証: 第III部 法廷 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第III部 法廷 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第III部 法廷 下巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第III部 法廷 下巻 (新潮文庫)


空想です――。弁護人・神原和彦は高らかに宣言する。大出俊次が柏木卓也を殺害した根拠は何もない、と。城東第三中学校は“問題児”というレッテルから空想を作り出し、彼をスケープゴートにしたのだ、と。対する検事・藤野涼子は事件の目撃者にして告発状の差出人、三宅樹理を証人出廷させる。あの日、クリスマスイヴの夜、屋上で何があったのか。白熱の裁判は、事件の核心に触れる。

ああ…、ついに読み終わってしまいました。
大長編だと思っていたのに、あっという間に読んでしまった感じです。
実際、読書メーターによると11月の読書量は1か月分としては過去最高記録ですからね。
特に最後の6巻目は、結末が気になって一気読みでした。


第II部で検事側、弁護側双方の裁判準備の様子をじっくり描き、舞台は満を持して法廷へ。
本物の法廷ではないので、実際の裁判とは異なる部分もありますが、それでも読み心地は十分に法廷サスペンスと呼べるものになっていました。
検事も弁護人もその助手たちも、判事も陪審員も廷吏も、みんな本当に中学生なのかと疑ってしまうほど、立派にそれぞれの役割を果たしていました。
中には普通の中学生の言葉遣いとしては不自然じゃないかと思えるほど大人びた話し方をする登場人物もいて、大人たちが一部支援しているとは言え、こんな立派な裁判を現実に中学生ができるものだろうか?と思ってしまいましたが、そうやって「中学生だから」「子どもだから」という決めつけや先入観こそが、子どもたちの成長の機会を奪ってしまうのではと途中で気づき、ハッとしました。
最初から「できるわけない」と決めつけて機会さえ与えないのでは、できるわけがないのは当たり前です。
できるようになるまで待っていたのでは、一体何年かかってしまうのでしょうか。
日本の10代、20代は、他国の同年代に比べると幼いように思えます。
それは、大人たちが成長の機会を与えないというのが一因になっているのかもしれません。
大人の目から見てどんなに未熟であっても、幼くても、若い人たちを信じて物事を任せてみるということが必要なんじゃないかと思いました。


そしてもう一つ、この作品を最後まで読んで強く感じたことは、「見て見ぬふり」や「事なかれ主義」は絶対によくないということです。
中学生は当たり前ですが未成年です。
この作品の舞台であるバブル期は、神戸の連続児童殺傷事件もまだ起こる前であり、刑法上も責任能力を問われる年齢ではなかったはずです。
現在は中学生でも14歳になれば刑罰を科されることになりますが、実際にはそこまでの事態になるケースは少ないのではないでしょうか。
だからと言って中学生が犯罪を犯していないかというと、そうではないでしょう。
本作で「被告人」の大出が糾弾されたように、万引きやカツアゲ、いじめという名の暴力や侮辱など、犯罪行為を行っている中学生は、多くはないにしても、いないわけではないはずです。
でも、しばしばいじめ事件がマスコミを賑わすように、本来は犯罪であるはずの行為が、被害者が自殺するなどの「大事」にならない限り、露見せずもちろん加害者が何の処罰も受けないという事態はいくつも起こっています。
先生や保護者など、大人が事を大きくするのを避けて内部の問題に留めているケースもあるでしょうし、同じ学校の生徒たちも、犯罪行為を目撃したり噂を聞いたりしても、報復を恐れて何も声を上げないというケースもあると思います。
でも、それでいいのでしょうか。
罪は罪として、糾弾することは必要なのではないでしょうか。
そうした行為を行った人物に、自分が犯した罪を自覚させなければ、償う機会も反省する機会も訪れません。
さらに、罪を明らかにしないということは、その罪が赦される機会もないということなのです。
もちろん、罪に向き合うことは、勇気が要ることです。
本作の登場人物たちの素晴らしいところは、中学生たちはもちろん、教師も親も地域の大人たちも、安易な結論に逃げることなく、泥だらけになり傷だらけになりながら、全員の力で真実にたどり着いたということなのだと思います。


ミステリの体裁をとり、エンターテインメント小説としての面白さを追求しながらも、作者の強いメッセージが伝わってくる作品でした。
文庫版ボーナストラックの書き下ろし中編「負の方程式」では、本編とは別の形で罪を着せやすい相手に無実の罪を着せる行為を描いていて、これまた十分な読み応えのサイドストーリーに仕上がっていました。
文庫6冊という大ボリュームに恥じない、圧巻の物語です。
☆5つ。


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