tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ソロモンの偽証 第I部 事件』宮部みゆき

ソロモンの偽証: 第I部 事件 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第I部 事件 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第I部 事件 下巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第I部 事件 下巻 (新潮文庫)


クリスマス未明、一人の中学生が転落死した。柏木卓也、14歳。彼はなぜ死んだのか。殺人か、自殺か。謎の死への疑念が広がる中、“同級生の犯行”を告発する手紙が関係者に届く。さらに、過剰報道によって学校、保護者の混乱は極まり、犯人捜しが公然と始まった――。ひとつの死をきっかけに膨れ上がる人々の悪意。それに抗し、真実を求める生徒たちを描いた、現代ミステリーの最高峰。

シリーズものを除けば、宮部さんの数ある作品の中でも最長の物語ではないでしょうか。
単行本の時は全3巻、文庫では全6巻という大作です。
それだけの大長編ですから、雑誌連載期間も長かったですね。
確か私がネット上で本の感想を書き始めた頃くらいに連載が始まっていたと思うので、十数年も前に書き始められた作品だということになります。
物語の舞台自体はそれよりもさらに前、バブル期真っただ中です。
それでも全く古さを感じさせず、むしろ非常に現代的な作品であるようにさえ感じさせるのだから、さすがと言わざるを得ません。


第I部は、「事件」というサブタイトルが示す通り、物語の舞台となる城東第三中という東京都内のごく普通の公立中学校で、次々と起こる事件を描いています。
最初は、ホワイトクリスマスの真夜中に、2年生の男子生徒・柏木が校舎の屋上から転落死するという事件。
札付きの不良である大出とその子分たちに殺されたのだという噂がささやかれますが、遺書は見つからなかったものの、自殺ということでこの事件は一旦は一件落着したかのように思われました。
ところが、校長をはじめとする関係者に差出人不明の告発状が届いたり、あるテレビ番組によってセンセーショナルに取り上げられたりといったごたごたが続いた揚句、さらなる悲劇も引き起こされ――。
ひとつの死をきっかけに混乱の渦へ巻き込まれていく中学校の様子と、事件に関わるさまざまな立場の人々を、じっくり丁寧に描いています。


宮部さんの小説の良いところは、心理描写の秀逸さにあると思います。
今回も、登場人物をひとりひとり丁寧に描いていて、彼ら彼女らの感情がしっかりと伝わってきます。
丁寧すぎて、時に冗長に思えるほどですが、だからこそいろんな感情や思いが胸の奥深くまで刺さってくるのです。
多感な年頃の中学生の、周囲の大人に対する怒りや苛立ち。
我が子を失った親の、深い悲しみと悔恨。
ミステリで「事件」を描くのは当たり前のことですが、宮部さんが重視しているのは事件そのものではなく、その事件を受けて人がどう感じるか、どう考えるか、その結果どう動くかということなのですね。
だから読んでいる方も考えさせられる。
自分ならどう思うだろうか、どう行動するだろうかと。
そして、これだけ丁寧にじっくり描いているのに、展開が遅いとは決して感じさせないところがまた素晴らしいです。
とにかく騒ぎや事件が次々起こるので、どうなっちゃうんだろうと気になってどんどん読み進めてしまうからだと思います。
登場人物がかなり多いにもかかわらず、しっかり描き分けられているので混乱することもなく、自然にどっぷりと物語の世界に入り込めるのも読みやすさの大きな一因です。


腰を据えてじっくり読もうという気にさせてくれる作品です。
まだまだ物語はこれから。
それなのにこの時点でもうこんなにも面白くてどうしようなどと思ってしまいます。
父親が警視庁勤務の刑事という優等生の藤野涼子が、事件の真相を生徒の手で突き止めようと立ち上がるところで第I部は終了しました。
第II部での涼子の活躍が楽しみです。
☆評価は第III部まですべて読み終わるまでは保留。