tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『名もなき毒』宮部みゆき

名もなき毒

名もなき毒


どこにいたって、怖いものや汚いものには遭遇する。それが生きることだ。
財閥企業で社内報を編集する杉村三郎は、トラブルを起こした女性アシスタントの身上調査のため、私立探偵・北見のもとを訪れる。そこで出会ったのは、連続無差別毒殺事件で祖父を亡くしたという女子高生だった。

宮部みゆきさんの3年ぶりの現代ミステリ。
普段は文庫派(金銭的&収納スペース的理由による)の私ですが、文庫まで待つとなるとあとさらに2、3年待たなきゃならない。
それは待てない!
…ということで久々に単行本を購入しました。
ま、年に数冊くらいいいでしょ。
久々の宮部さんの現代ミステリということでワクワクしながら読み始め、さすがの読みやすさで一気に読んでしまいましたが…もうちょっとゆっくり読めばよかったかなぁ(^_^;)


この『名もなき毒』は『誰か―Somebody』の続編ともいうべき作品で、前作と同じ杉村三郎というサラリーマンが主人公になっています。
『誰か』を読んでいなくても困ることはありませんが、できれば『誰か』を読んでからの方が『名もなき毒』はより楽しめると思います。
前作『誰か』は、宮部さんの作品の中では非常に地味な作品で、私はその地味さがけっこう好きだったのですが、それでも『名もなき毒』は『誰か』よりもずっとよいと思いました。
特に前作よりもパワーアップしていると感じた部分は、人物描写と物語のテーマでした。
まず人物描写についてですが、やはりシリーズ2作目ともなると、人物の性格付けや役割がしっかりとしてきますね。
主人公・杉村三郎は相変わらずお人よしで、その人のよさゆえに厄介な事件に巻き込まれてしまいます。
本当に「いい人」で、もう切ないくらいでした。
こういういい人がいい人のままずっと生きてゆける社会でありますように…と祈らずにはいられないくらいに。
杉村以外にも、杉村の愛妻・菜穂子や娘の桃子、杉村の会社での同僚たち、杉村が関わることになった事件の関係者たち…多くの愛すべき人物が登場しますが、今回のMVP(?)は杉村の義父であり今多コンツェルン会長である今多嘉親でしょう。
人の上に立つ人物として申し分のない懐の広さと人間的な大きさを感じさせる、まさに「大人物」です。
彼の言葉の一つ一つに重みがあり、私もこんな経営者の元で働いてみたいと思わせる人物で非常に好感を持ちました。


そして物語のテーマですが、今回の作品は脱線が少なく、ビシッと一本の線が通っていると思いました。
タイトルにもなっている「毒」をキーワードに、物語が一度もぶれることなく分かりやすいメッセージを伝えていると思います。
「毒」と言っても形はさまざまで、青酸カリなど本来の意味での毒をはじめ、誰かが誰かに向けて吐き出す言葉に込められた毒、化学物質や土壌汚染といった人間が生み出し人間を蝕む毒、社会の中に歴然と存在する格差や不公平から生まれる毒、誰もが心の奥底の闇の中に持っている毒…。
あらゆる場所の、あらゆるものに毒は潜んでいますが、一番厄介なのは人間の心の中の毒です。
普段はそれに気付かずに、いや気付いていても目を逸らしているのかもしれませんが、人間が存在するところに必ず毒も存在していて、いつ自分の身にその毒が降りかかってくるか分かりません。
悪意を持った人間の中からあふれ出た毒が、自分や自分の大切な人に牙を剥いたら。
あるいは、自分の中の毒を制御できず、吐き出したくなくなったら。
どうすればその毒から大切なものを守れるのか、どうすればその毒を中和できるのか…そういうことを考えさせられる作品でした。


それにしてもラストを読むとさらなる続編があるように思えるのですが、これは期待してもよいものなのでしょうか。
杉村一家がこれからどんなふうに暮らしてゆくのか、杉村は探偵めいたことをこれからも続けてゆくのか、非常に気になるところです。
続編への期待も込めて☆5つ。