tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『御手洗潔のダンス』島田荘司

御手洗潔のダンス (講談社文庫)

御手洗潔のダンス (講談社文庫)


人間は空を飛べるはずだ、と日頃主張していた幻想画家が、四階にあるアトリエから奇声と共に姿を消した。
そして四日目、彼は地上二十メートルの電線上で死体となっていた。
しかも黒い背広姿、両腕を大きく拡げ、正に空飛ぶポーズで。
画家に何が起きたのか?
名探偵御手洗潔が奇想の中で躍動する快作集。

加納朋子さんのほのぼの日常ミステリを満喫した後に島田荘司さんの本格ミステリ、と何か極端から極端へと走ってしまったような気がする私の読書。
と言っても今回は『御手洗潔のダンス』という短編集なので、それほどへヴィーな本格と言うほどでもなかったのですが。


島田さんの短編では、すっかり人気キャラクターになっている名探偵御手洗潔の新たな魅力が描かれていることが多いようです。
思うに、短編は読者へのサービスという感じで書いているのではないでしょうか。
特に『御手洗潔のダンス』の最後に収録されている『近況報告』という作品では、謎解きから離れて普段の御手洗の様子を石岡君が語っています。
御手洗の音楽へのこだわりや、大好きな犬との交流ぶりが描かれていて、御手洗ファンにはたまらない一作だと思います。
あくまでも本格的な謎解きを楽しみたいというミステリファン(特に男性)にはもしかすると余計な作品かもしれませんが…。


もちろん謎解きも他の作品で十分に楽しめるようになっています。
しかもただの殺人事件ではなく、奇想天外でダイナミックなトリックばかりです。
ただ、東京の交通網や地名がふんだんに出てくる作品が多く、東京の地理には疎い私にはあまりピンと来ないところもありました。
そんな中で一番面白かったのは『舞踏病』。
夜な夜な謎の奇怪なダンスを踊る老人の謎を御手洗が解くというものです。
…このあらすじだけで御手洗シリーズの長編とはちょっと毛色が違うというのが分かるのではないでしょうか。
老人の奇妙な踊りの謎は、意外な結末へとつながっていきます。
しかもこの作品の最後では、御手洗が今の医療の問題について熱く語っています。
その御手洗の言葉からは、作者の綿密な取材と、医療問題への意識の高さが伝わってきます。
短編なのに非常に密度の濃い、さまざまな要素を詰め込んだ作品になっていると思いました。
もちろん踊る御手洗や酔っ払う御手洗が見られるなど、御手洗ファンにもお得な(?)作品です。


長編だけではつかみきれない御手洗の魅力を存分に感じて頂きたい作品です。