tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『御手洗潔の追憶』島田荘司

御手洗潔の追憶 (新潮文庫nex)

御手洗潔の追憶 (新潮文庫nex)


海外へと旅立った御手洗。彼は今、どこに――。ちょっとヘルシンキへ行くので留守を頼む――。そんな置き手紙を残し、御手洗潔は日本を去った。石岡和己を横浜の馬車道に残して。その後、彼は何を考え、どこで暮らし、どんな事件に遭遇していたのか。ロスでのインタビュー。スウェーデンで出会った謎。明かされる出生の秘密と、父の物語。活躍の場を世界へと広げた御手洗の足跡を辿り、追憶の中の名探偵に触れる、番外作品集。

御手洗潔シリーズの短編集です。
とはいえ、ミステリではない番外編的な作品が多く、御手洗本人の登場も少なめ。
作者からのファンサービスの側面が強いですね。
特に「御手洗潔、その時代の幻」は、御手洗へのインタビューという形で彼と石岡君との生活のことや、現在御手洗が手掛けている研究のことなど、シリーズ読者の気になることを教えてくれる作品です。
これは御手洗ファンは見逃せない一作ですね。
さまざまな質問に対する御手洗の回答内容がとても面白く、御手洗のキャラクターがより濃く感じられました。
また、「石岡先生の執筆メモから。」ではおそらく今後読める (?) 御手洗が関わった事件が列挙されています。
きっと島田さんが今構想を温めているんだろうなぁと思うとワクワクします。
中でも松崎レオナ (御手洗に想いを寄せるハリウッド女優) が誘拐されたという「エンゼル・フライト事件」が気になりました。
――島田さん、いつか読ませてくれるんですよね?
楽しみに待っています。
御手洗潔シリーズのファンの中には石岡君のファンも多いと思いますが、「石岡先生、ロング・ロング・インタヴュー」はそんな石岡君ファンの期待に応える作品です。
御手洗と対照的で、ちょっととぼけた味わいのある石岡君の魅力がたっぷり詰まっていました。


そんなちょっとゆるい雰囲気の作品が多い中、ひときわ異彩を放つのが、中編「天使の名前」。
戦前・戦中に外務省の官僚だった御手洗の父・御手洗直俊が主人公です。
国際情勢を分析し、戦況をシミュレートした結果、日米開戦は避けるべきだという結論に達した直俊は、軍部や政府を説得する材料を集めて奮闘するも、開戦阻止には失敗します。
その結果外務省を去った直俊は、昔の知り合いに会いに行くために広島へ向かい、そこで原爆投下直後の地獄を目の当たりにします。
島田さんは広島出身ですが戦後生まれですし、もちろんしっかり資料にあたって書かれたのだとは思いますが、まるで実際に見てきたかのような生々しい被爆地の描写が衝撃的でした。
そこに至るまでの、日本を取り巻く国際情勢の話も非常に分かりやすく、興味深く読みました。
ラストシーンの「光る天使たちの群れ」が哀しくも美しくてとても印象的で、「天使」の正体は何なんだろうといろいろ想像せずにはいられません。
御手洗潔シリーズでは時々日本や世界の歴史を題材にした作品が登場しますが、そのどれもが読み応えがあって面白いです。
私のような歴史音痴には小説を通じて非常に勉強になるのがありがたく、ぜひまたこうした作品を書いていってほしいと思います。


シリーズのファンなら読み逃せない貴重な作品集でした。
何より今後の作品の刊行に期待を持てたのがよかったです。
次作も楽しみ。
☆4つ。