tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴 名探偵 御手洗潔』島田荘司


教会で突如倒れた老婆。死に隠れたロシアの秘宝。横浜・馬車道に事務所を移した御手洗潔と石岡は、ある老婦人の訪問を受ける。名探偵への冷やかし客かと思われた彼女の話を聞いた御手洗は、しかしその出来事を“大事件”と断定した。猿楽町にある教会での集いの最中に降り出した雨。その瞬間、顔を蒼白にして倒れた老婆。奇妙な現象、行動の裏には、政府とロシアにまつわる秘宝の存在が……。聖夜を彩る心温まるミステリー。

しばらく離れていたけれど、読んでみるとやっぱり面白い「御手洗潔」シリーズ。
新潮文庫nexはこのシリーズを今後も刊行してくれるのでしょうか?
だとしたらありがたいです。
未読の作品はたくさんあるはずですが、どこからどう手をつけていいのか分からないもので。


今作は馬車道の事務所から話が始まるのが、なんだか懐かしくてうれしかったです。
ストーリー的には『占星術殺人事件』の後、ということになるのですね。
あの事件を解決した後の御手洗の様子がうかがえるのがファンにとってはうれしいものです。
また、御手洗と石岡君が揃っているのもうれしい。
ふたりのやり取りが面白くて、ちょっと笑ってしまうような場面も……。
やっぱりこのシリーズには石岡君が登場しなくっちゃ!
――と、まずは御手洗潔シリーズのファン心をくすぐられるオープニングを堪能。
そして今回の事件の話へ。


とは言っても、今回は死人は出るものの、殺人事件は発生しません。
起こるのは誘拐事件と、とある財宝の消失事件。
その財宝というのが、タイトルになっている「セント・ニコラスのダイヤモンドの靴」です。
このお宝は実は歴史的な遺物でもあり、ロシアのロマノフ王朝が日本の政治家・榎本武揚に贈ったというものです。
『ロシア幽霊軍艦事件』を髣髴とさせる設定に、島田さんのロシアへの造詣が読み取れます。
この財宝にまつわる史実について、本編中ではそれほど詳しくは述べられていませんが、巻末に収録されている「シアルヴィ館のクリスマス」という短編にて、単なる補足に留まらない薀蓄が語られています。
特にエカテリーナ二世についての話が面白く、日本とロシアとの関わりも含めてとても興味深く、島田さんがこの時代のロシアに強い関心を持たれるのも分かる気がしました。
ロシアの近代史など今までほとんど触れたことがありませんでしたが、こうして小説のストーリーの中に組み込まれていると好奇心が刺激されるものです。
それはきっと、島田さんが史実を物語と絡ませるのが巧みだからなのだろうと思います。


ミステリとしては特にどんでん返しがあるわけでもなく、真相が意外というわけでもなく、とてもシンプルな構成だと感じました。
シンプルだからこそ物語にリアリティが感じられます。
個人的には今回はミステリとしての面白さより、御手洗潔の人間性を垣間見る楽しみを強く感じました。
どこかに消えてなくなった「セント・ニコラスのダイヤモンドの靴」を御手洗が探すのは、本作で起こる誘拐事件の被害者となった少女のため。
その宝探しの前には、少女を連れて遊園地に行ったり一緒に食事をしたりと、なかなか面倒見のよいところを見せていて、ほのぼのと心があたたまります。
もちろん石岡君もそれは同じで、自分たちが関わったかわいそうな少女を放っておけないのですが、別に誰かから依頼されたわけではなく、したがって報酬など発生しないだろうに、ただひとりの少女のために自らの推理力を働かせる御手洗の優しさが心に沁みました。


殺人事件が起こらないので血なまぐさくも凄惨でもなく、クリスマスに関する薀蓄も楽しめて、これからのシーズンに読むにはちょうどよい1冊だと思います。
本格ミステリにそれほど興味はないという人でも、気軽に読めるのではないでしょうか。
☆4つ。


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