tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『スペース』加納朋子

スペース (創元クライム・クラブ)

スペース (創元クライム・クラブ)


クリスマス・イブを駆け抜けた大事件のあと、大晦日に再会した瀬尾さんと駒子。
ふたりのキーワードは“謎”。
ななつのこ』『魔法飛行』に続く、待望久しい駒子シリーズ第三作。

最近どうもネタばれせずに感想を書くのが難しい本にばかりあたっているような気がします。
でも、読み終わった後に誰かにその作品について語りたいと思い、その一方でやはりネタばらしをするわけにはいかないと思う、このもどかしい気持ちを持てることも、よい本を読んだ後の幸せの一つなのかもしれません。
待望の加納朋子さんの新作『スペース』もそんな作品でした。


感想どころかあらすじを書くことすらネタばれになってしまいそうなこの作品。
とにかく、『ななつのこ』『魔法飛行』に続く加納朋子さんの代表作「駒子」シリーズの最新作であり、この前2作を読まずして決して読んではいけないということだけは言えます。
そして、「スペース」「バック・スペース」という二つの心温まる恋愛物語から成り立っているということも。
さらには、ちょっと不安になったり思い悩んだりした時に、思い切って踏み込む勇気を、もしくはちょっと立ち止まったり引き返してもいいんだという励ましを、私たちに与えてくれる、癒しの物語でもあるということも。


恋愛小説としても楽しめますが、やはりこのシリーズでは「日常の謎」の面白さを存分に味わいたいですね。
逆に言うと、恋愛小説でありながら日常系ミステリとしても上質の作品であることがこの作品の最大の魅力なのです。
ですが実は今回私は「なんだ、今回の謎はそれほど大したもんじゃないな」と思いながら読んでいたのです。
ところが、最後の最後でやられてしまいました…ちゃんと伏線は張ってあったのに、全く気付かずに読んでいて、結果大いに驚くことになってしまいました。
作者の作戦にかかったようですが悔しい気はしません。
むしろ、こんな驚きを用意してくれていたことに感謝したい気持ちです。
加納さんの最近の作品はだんだんミステリ色が薄れてきていることもあり、ミステリ作家とは認識していない読者もいるようですが、こんな驚きを提供してくれるのだから誰がなんと言おうと彼女は私にとってミステリ作家なのです。


そして、このシリーズの注目すべき点は「手紙」。
駒子をはじめとする、さまざまな人物の手紙で物語が成り立っているといっても過言ではありません。
私も手紙を書いたり読んだりするのが好きで、大学生の頃は駒子のように授業中に友達に宛てた手紙を書いたりしていたものでした。
だからこのシリーズは私の感性にぴったりフィットするのでしょうか。
駒子シリーズは最初の刊行が10年以上も前のことなので、物語の舞台が今となっては少々古くなっています。
何しろ「光ゲンジ」や「たま」などという懐かしい名前が出てくるくらいです。
そういう時代設定だからこそ、手紙というツールが「謎」を提供するものとして生きてくるのかもしれません。
最近の女子大生も授業中に手紙を書いたりするのでしょうか?
それとも今はやはり携帯でメール、なのでしょうか。
加納さんの「謎」には、メールはあまり似合いません。
手紙だからこその駒子シリーズなのです。
そして、今作ではその手紙で伝えようとしたこと、伝えなかった(伝えられなかった)ことがポイントとなっています。


手紙にしろ、電話にしろ、実際に会って話すにしろ、どうしても伝えきれない部分、伝えられない部分というのは必ずあるものです。
そうしてできた空白(スペース)を少しでも埋めるために一緒にいたいと願うこと=恋愛、なのかな…などと、柄でもないことを考えてしまったのは、きっと加納朋子さんの魔法のせいなのです。