tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『宮辻薬東宮』

宮辻薬東宮 (講談社文庫)

宮辻薬東宮 (講談社文庫)


宮部みゆきさんの書き下ろし短編「人・で・なし」を読んだ辻村深月さんが「ママ・はは」を書き下ろし、その辻村さんの短編を読んだ薬丸岳さんが「わたし・わたし」を書き下ろし…バトンは東山彰良さん、宮内悠介さんへ。超人気作家5人のちょっぴり怖いリレーミステリーアンソロジー

宮部みゆきさん、辻村深月さん、薬丸岳さん、東山彰良さん、宮内悠介さんの5名の作家が参加されたアンソロジーです。
執筆陣の豪華さ (直木賞作家が3人!) に加え、普通のアンソロジーとひと味違うのは、リレー形式になっていること。
物語自体は作家さんそれぞれ独自の設定と独自の登場人物で書かれていますが、ある作家さんが登場させたモチーフが他の作家さんの作品にも登場したりして、ちょっとした共通点を探し出す楽しみがあります。
また、ジャンルはすべてホラーという共通点もあります。
宮部さんはホラー (というより怪談?) も書かれていますが、他の作家さんにはあまりホラーというイメージがなかったのでかなり新鮮でした。
個人的にあまりホラーは好きではないのですが、めちゃくちゃ怖いというほどでもなく、適度な怖さで私にも十分楽しめるものだったのもよかったです。
それでは各作品の感想を。


「人・で・なし」宮部みゆき
とある若手サラリーマンが、居酒屋で会社の先輩相手に子ども時代のことを語るのですが、宝くじが当たって家を買って引っ越した普通の4人家族という設定に、最初はほのぼの系の話なのかと思いました。
ところがどっこい。
その引っ越した家で起こり始めた奇妙な現象から、終盤たたみかけるような急展開で一気に怖い、というより陰惨な話に変貌するのが圧巻ですね。
語り手のサラリーマンの印象が、読み始めと読み終わりとではがらりと変わってしまいました。
執筆陣の中でも最年長でキャリアが長い宮部さんですが、さすがといわざるを得ない、鮮やかなストーリー展開がお見事です。


「ママ・はは」辻村深月
これはいわゆる「毒親」の話です。
「スミちゃん」という小学校教員の女性が語る母親が、ホラーとは別の意味で怖くてぞっとしました。
お母さんが真面目すぎるあまりに、家族で旅行をしても外食をしてもちっとも楽しくなさそうで、お母さんの「こうあるべき」という価値観とルールに縛られてきたスミちゃんに同情せずにはいられません。
その後、大人になり母親と離れて暮らすようになったスミちゃんと母親との関係の変化にこそ、ホラー的な怖さがあるのですが、とにかく物語前半で語られる母親の怖さが強烈で、そちらの印象ばかりが残りました。
こんな母親は絶対嫌だけれど、でもこういう人、実際いるんだろうな、というリアリティも怖かったです。


「わたし・わたし」薬丸岳
ホラーテイストの作品を書いたのは初めてとのことですが、5作品の中では一番王道のホラーなのではないかと思います。
振り込め詐欺犯の男と一緒にいたために警察で事情聴取を受ける、由香里という女の子。
彼女に起こったことが少しずつ明らかになり、彼女の「正体」がわかると、ぞくりと背筋が寒くなるような感覚を味わいました。
ラストの不穏さも印象的で、怖い余韻が残る読後感が非常にホラーらしい一作でした。


スマホが・ほ・し・い」東山彰良
台湾生まれの東山さんらしく、台湾の少年が主人公の物語です。
異国の地が舞台だからか、他の作品とは異なる独特の雰囲気があって、それがまた物語の怖さを引き立てます。
人が死ぬ場所と時刻を予言のように指し示すスマホというのも怖いですが、そのスマホの持ち主だった物乞いの老婆の、得体のしれない怖さも強烈に印象に残りました。
結末の陰惨さは宮部さんの作品にも負けず劣らず。
個人的にはこの作品が一番怖かったです。


「夢・を・殺す」宮内悠介
IT企業で「幽霊バグ」をつぶしていく技術者の話ですが、怖さよりも切なさの方が強く感じられました。
子どもの頃ゲーム作りに夢中になった少年たちが、大人になって会社を設立してゲーム作りという夢を追い続けるも、結局まったく別のことをやらざるを得ない現実。
好きなことを仕事にして生きていくのは難しい、という理想と現実のギャップは、大人なら誰でも理解でき、共感できるのではないでしょうか。
主人公が思い至る「幽霊」の正体も、なんとも切ないです。
そして本作のラストは、宮部さんの作品の冒頭につながっており、アンカーの宮内さんからのバトンが第一走者の宮部さんに返されたような形になっているのが心憎いですね。
5人の執筆者のうち宮内さんだけは今まで未読だったのですが、なかなか好きな感じの文章だったので、長編作品も読んでみたいと思いました。


5名それぞれの個性も感じられて、どのお話も面白く読めました。
ぜひ、いろんな作家さんの組み合わせで、このような企画ものアンソロジーを読んでみたいです。
☆4つ。

2020年2月の注目文庫化情報


2月です。
外は寒いし、新型コロナウイルスやらインフルエンザやら、いろいろ気になる今日この頃。
こういう時は引きこもって暖かくして読書を楽しむのが一番いいかもしれませんね。


今月は伊坂さんの『AX』は必ず読みます。
ツイッターでフォローしている浅生鴨さん (元・NHK_PRの中の人) の作品も気になるなぁ。
それよりも、積読本がかつてないほど溜まってしまっているので、それを早く消化したいのですが。
ここのところ毎月同じことを言っているのが、我ながら進歩がなく情けないものです。
今よりも読書時間を増やすのはちょっと難しそうなので、地道に読んでいくしかないですね。
マイペース、マイペース。

『壁の男』貫井徳郎

壁の男 (文春文庫)

壁の男 (文春文庫)


北関東の小さな集落で、家々の壁に描かれた、子供の落書きのような奇妙な絵。決して上手いとは言えないものの、その色彩の鮮やかさと力強さが訴えかけてくる。
そんな絵を描き続ける男、伊苅にノンフィクションライターの「私」は取材を試みるが、寡黙な彼はほとんど何も語ろうとしない。
彼はなぜ絵を描き続けるのか――。
だが周辺を取材するうちに、絵に隠された真実と、孤独な男の半生が次第に明らかになっていく。

貫井さんらしい、淡々とした、それでいて独特の雰囲気を持つ作品です。
謎解きを主眼とするミステリではないものの、読み進むにつれ少しずつ真実が明かされていく展開は、確かにミステリの手法だといえます。
途中までどういう方向へ物語が向かっていくのか予想がつかず、好奇心と少しの不安感で、どんどん読まされました。


主人公は伊苅という地方の小さな町に住む男性です。
自宅で塾を開いていたものの、少子化の影響で教える子どもがいなくなり、便利屋に転身した彼が、いつの頃からか壁に絵を描き始めるようになります。
最初は塾の教室の壁に、そして自宅の壁に、さらには外壁に――と少しずつ範囲を広げていった彼の絵は、やがて近隣の住民からも望まれて家々や店の外壁にも描かれるようになり、それがSNSとテレビ番組で取り上げられて話題になり、見物客がやってくるようになりました。
そんな伊苅の絵に興味を抱いたあるノンフィクションライターは、彼が絵を描く理由を知りたいと取材を始めます。


伊苅が描く絵は、単純な線に原色で塗りつぶしたもので、決して上手ではなくむしろ子どもの落書きレベルの稚拙なものです。
それでも近隣の住民たちが「うちの家の壁にも描いてほしい」と頼んできて、よそから見物人が来るほどなのですから、うまくはなくともどこか味がある絵なんだろうなぁとイメージを思い浮かべながら読みました。
でも、伊苅がなぜ絵を描くのか、その理由についてはなかなか想像ができませんでした。
一体何があれば、またどんな心理状況にあれば、家の外壁に絵を描きたいなどと思うのか?
物語は伊苅の過去をさかのぼっていきます。
娘を病気で失ったこと、のちに妻となる女性との出会い、中学生の頃の父と母との関係、親友と呼べる人との出会いと別れ……。
あまり感情的ではなく淡々とした文章で書かれているのが、かえって伊苅の孤独や悲しみ、さみしさを浮き彫りにしているように感じました。
なんとも切なくて、胸が苦しくなるようでありながら、謎が多くところどころ違和感を感じる部分もあり、伊苅に対してどんどん興味がわいてきます。
最終章で謎や違和感がすべて明かされ解消された後の、最後の一文は胸にぐっと迫るものがありました。


その最後の一文こそが、伊苅が絵を描き始め、描き続けた理由であることは、疑いようがありません。
けれども、本作にははっきりと理由が示されていないもうひとつの「謎」があります。
それは、近隣住民たちは、なぜ自分たちの家の壁にも絵を描いてほしがったのか?という謎です。
これについては作中では言明されていなかったと思います。
まるで子どもが描いたような稚拙な絵を、自分の家の外壁に描かせるなど、普通なら正気の沙汰ではないと思うところです。
それなのに我も我もと希望者がどんどん増えていったのはなぜなのか。
その理由も、最後まで読んで伊苅の半生を知ったことで、ようやく少しわかったような気がしました。
町の住人たちも、伊苅と同じような喪失感を持っていた人が多かったのではないでしょうか。
伊苅のように肉親を失った人ももちろんいるでしょう。
ですがそれだけではなく、そもそも町は少子化で人が減り、活気を失っていました。
かつてはあったものが、今はない。
変わってしまった町の様子に、喪失感を感じていた住人が多かったのではないでしょうか。
伊苅の描く絵は、そんな住人たちの心の琴線に触れたのだと思います。
彼らは同じさみしさや悲しさを共有していたのだから。
単純な線で描かれ、原色で塗りつぶされた伊苅の絵が、住人たちの心に明るいものを取り戻させたのだとしたら、それはどんな名画よりも素晴らしい絵だったのだと思えて、胸があたたかくなりました。


切なく、悲しい物語でありながら、優しくあたたかいものが心を満たす、不思議な読後感でした。
無情なところはとことん無情で冷酷と思える展開もありますが、ちゃんと救いもありました。
貫井さんらしい、貫井さんにしか書けない物語だと思います。
☆4つ。