tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『アンソロジー 隠す』アミの会 (仮)


誰しも、自分だけの隠しごとを心の奥底に秘めているもの―。実力と人気を兼ね備えた11人の女性作家たちがSNS上で語り合い、「隠す」をテーマに挑んだエンターテインメントの傑作!多彩な物語全てに、共通の“なにか”が隠されています。(答え掲載の「あとがき」は、最後にお読みください) これが、本物の短編小説集。

さまざまな作家さんの作品が楽しめて、新たな出会いのきっかけにもなるので、アンソロジーは大好きで定期的に読みたくなります。
「アミの会 (仮)」は女性作家さんたちの集まりで、Facebookページがあるほかは、会員名簿も会則などもなく、参加したい企画に参加したい人が集まる、ゆるーい会、とのことです。
この「アミの会 (仮)」がちょくちょくアンソロジーを刊行されているのですが、毎回違うテーマを決め、メンバーも毎回違うというのが面白いなと思っています。
そして、一番素晴らしいと思うのが、全部書下ろしということですね。
書下ろしということは新作が読めるということなので、好きな作家さんならもちろんうれしい、読んだことのない作家さんも出会いが新しい作品なんて贅沢でうれしい。
とにかくうれしい、おいしいアンソロジーだなということで、最初の『アンソロジー 捨てる』を読んですっかり気に入りました。
参加されている作家さんがいずれも実力派で、なかなかの豪華メンバーなのもよいですね。
今回の執筆者はなんと11人。
大崎梢さん、加納朋子さん、近藤史恵さん、篠田真由美さん、柴田よしきさん、永嶋恵美さん、新津きよみさん、福田和代さん、松尾由美さん、松村比呂美さん、光原百合さん。
これだけずらりとお名前が並ぶとなかなか壮観です。


今回のテーマは「隠す」。
ミステリ作家が多いこのメンバーにはよく合うテーマではないかと思いました。
特に気に入った作品を挙げていきます。
柴田よしきさんの「理由 (わけ)」は、ある殺人事件の犯人が、犯行はあっさり自供したものの、動機については黙秘し続けた、その理由を探る物語です。
犯人の女が隠し続けた犯行理由と意図がなんとも悲しく、切ない読後感がとても印象的でした。
松尾由美さんの「誰にも言えない」はオチがよかったですね。
「隠されていたもの」はそれだったのか!という意外性がありました。
福田和代さんの「撫桜亭 (ぶおうてい) 奇譚」は、ぞっとするオチがインパクト大。
ある人物が隠し続けた狂気と、桜の妖しく美しいイメージが重なって、背筋が少し寒くなるような感覚を味わいました。
大崎梢さんの「バースデイブーケをあなたに」は高齢者向けケアハウスが舞台の、ほのぼの日常系ミステリ。
他がちょっと怖めの展開の話が多い中で、心温まる日常の謎に癒されました。
それと真逆なのが近藤史恵さんの「甘い生活」と、篠田真由美さんの「心残り」でしょうか。
毒気の効いたストーリー展開とオチがどちらも絶妙です。
加納朋子さんの「少年少女秘密基地」は、登場人物に対してある事実が隠されている、というのが、登場人物が何かを隠している他の作品とは趣向が違っていて新鮮でした。
作者と読者が共犯となって登場人物たちに隠し事をしているようで、ちょっと愉快な気分になれました。


今回はすべての作品に共通の何かが隠されているという、「読者への挑戦状」まで用意されているというサービス精神の高さもよかったです。
ただ、これはそんなに難しい謎ではないので、普通に読み進めていれば中盤くらいには気づき始めるのではないかと思います。
その隠されているものの扱いも、各作品で作家さんの個性がそれぞれ出ているように感じました。
やっぱりアンソロジーは楽しいと思わせてくれる1冊です。
今後も「アミの会 (仮)」のアンソロジーは追っていこう――と思ったら、大変、すでに1冊文庫化作品を読み逃している!
次に本屋さんに行ったときに探してみます。
☆4つ。




●関連過去記事●
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『 i 』西加奈子

i (ポプラ文庫)

i (ポプラ文庫)


「この世界にアイは存在しません。」入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。ワイルド曽田アイ。その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる、ある「奇跡」が起こるまでは…。西加奈子の渾身の「叫び」に心ゆさぶられる傑作長編。

西加奈子さんの作品では『サラバ!』に圧倒された印象が強く残っています。
本作も『サラバ!』によく似た読み心地で、テーマも似通っていると思います。
どちらもズバリ「自分探し」の物語なのだと感じました。


主人公のアイは、シリアで生まれ、アメリカ人男性と日本人女性の夫婦の養子になりました。
養父母が裕福なおかげでアイは何不自由なく育ちますが、彼女自身はそのことに引け目や罪悪感を感じながら生きていくことになります。
祖国であるシリアの情勢が決してよくない中で、自分は安全で平和な場所で優しい両親とともに豊かな生活を享受しているというその事実がアイを苦しめます。
はじめは特殊な事情を抱えるアイならではの苦悩のように思えていたのですが、読み進めるうち、これはアイに限った話ではなく、先進国に生まれ育った人間なら誰でも抱き得る悩みなのではと思えてきました。
アイは報道で知った世界中の戦争や紛争、事故や災害などで亡くなった人の数をノートに記録するという習慣を持っています。
物語の進行とともに列挙されていく数々のできごとはすべて現実に起こったことで、私も忘れているものもあれば強い印象とともに記憶に残っているものもありました。
テレビ画面に流れる遠く離れた地の悲惨な状況を眺めながら、おいしいものを食べたり、家族や友達としゃべったりしている。
そんな経験を、日本人なら多くの人がしたことがあるのではないでしょうか。
多少の罪悪感や居心地の悪さを感じながら、それでも自分は恵まれた自分の日常を変わりなく続けていく。
アイがこの物語の中で最後に目にして衝撃を受けることになる、とある報道写真は、私も確かに見た記憶があるものでした。
ああ、あれか……と思い出して悲しい気持ちになるも、それが私の日常を変えるかといったら、何も変わらないのです。
だからこそ、アイが幼いころから抱き続けた苦しみや気持ちは理解できますし、この物語のラストには私自身も救われた気分になりました。
被災地や戦地となった場所に住む人々を襲う悲劇に心を寄せることと、豊かさを享受し自分が幸せであろうとすることとは、両立する。
そしてそれは決して罪ではないし、そういうものなんだ、という作者の声が聞こえた気がしました。


作中に何度も何度も登場する、「この世界にアイは存在しません。」という言葉があります。
これはアイの高校の数学の先生による言葉で、数学の話なので「アイ」とは虚数の「 i 」のことなのですが、アイの頭の中でこの言葉はまるで呪文のように繰り返されます。
先生としてはそんなつもりではなかったとはいえ、なかなか罪作りな発言をしたものだなと思いますが、アイはこの言葉がきっかけで自らも数学の道に進むことになります。
虚数のi、アイという名前、そして英語の一人称である「 I」という3つの意味がかけられているわけですが、アイにとってはその3つともすべて自分のことを表しているものだと感じていたのではないかと思います。
自分とは何か、自分はなぜここに存在するのか、生きているのか。
やがてアイは「ユウ」という男性と運命的な出会いを果たし、ずっと胸に抱き続けた自らのアイデンティティに対する問いの答えを見出していきます。
「ユウ」という名前は明らかに英語の「you」を意識して、「I」と対になるようにつけられた名前ですが、「わたし」と「あなた」という、人間関係の最小単位がそろうことによってアイのアイデンティティが固まり始めるというのは面白いなと思いました。
友達は少ないアイですが、それでもユウと出会うまで人間関係と無縁だったわけではありません。
特に、高校で出会って大親友となるミナとの関係は、ユウとの関係よりも濃いものだと思います。
最初、アイとミナはレズビアン的な関係になるのかと思ったのですがそうではなくて (ミナは実際レズビアンなのですが)、同性愛よりもある意味もっと深く生々しくつながっているようなふたりの関係がうらやましく感じられました。
姉妹のようでもあり、恋人のようでもある、アイとミナの関係。
そしてアイに安らぎと愛情を与えてくれるユウとの関係。
人間というものは、他人との関係によって、自分の存在理由が定義されるんだなと思いました。


テーマとしては重く感じられる題材を、ユーモアも取り混ぜてさらりと読ませる西さんの作風と文体が好きです。
悲劇にあふれるこの世界をそう簡単に変えることはできないという諦観とともに、そこで生きていくための勇気と希望が、強く確かに感じられる作品でした。
☆5つ。




●関連過去記事●
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SPITZ JAMBOREE TOUR 2019-2020 "MIKKE" @大阪城ホール (1/18)

*最後に演奏曲目・演出についてのネタバレがあります (事前に警告あり)


2020年最初のライブ参加は、スピッツでした。
前回は2017年の30周年ツアーでしたから、ほぼ3年ぶりで久しぶりだという印象ですが、ライブの構成や雰囲気は変わりなくてうれしくなりました。
にわかファンからディープなファンまで誰でも楽しめる新旧取り混ぜたセットリスト、派手な演出はなくとも曲によく合った美しい照明、曲の合間のゆるゆるMC、ロックバンドのライブらしからぬ (?) 和やかな空気感。
観客も一緒に大合唱だとか、コール&レスポンスだとか、他のアーティストでは当たり前のことも、スピッツのライブではやりません。
それがまたいいんですよね。
純粋にスピッツの歌と演奏を聴きに来たという感じが強くします。
リズムに身体を揺らして、手拍子して、拳を突き上げて、手を振って。
それだけで十分ライブは楽しいなあと心から思えるのがスピッツのライブです。
だからなのか、スピッツのライブは終わった後に「現実に戻る」感があまりありません。
他のライブに行くと、いつも終演後は「また明日から仕事か~」とちょっと憂鬱になっていたりするのですが、スピッツのライブはなんだか日常と地続きで、あまり現実と乖離している感も、現実逃避感もないのですね。
好きな人たちが演奏するっていうからちょっと聴きに行ってくるわ、というような、軽い気持ちで行けるライブ。
それが私にとってのスピッツライブです。


個人的に、今回のライブはセットリストが最高に好みでした。
ずっと聴きたかったあの曲も、昔から大好きなあの曲も、ライブに欠かせないと思っているあの曲も、そしてもちろんツアータイトルにもなっているアルバム「見っけ」からの新しい曲たちも。
本当に好きな曲ばかりで、ライブ中ずっと、前奏が始まるたびにテンションがうなぎのぼり。
実はここのところあまりスピッツを聴いていなくて、予習が不十分だけど大丈夫かなと思いながら会場に入ったのですが、結果的にまったく心配する必要はありませんでした。
昨年はNHKの朝ドラ主題歌を担当し、そのおかげで音信不通だった親戚や友達からの連絡が増えたとマサムネさんが話していましたが、ライブ参加者も新規のお客さんが増えていたんじゃないかと思います。
そんな新規のお客さんでも十分楽しめるセットリストだったのではないでしょうか。
そういえばスピッツはライブ中に曲説などもあまりしませんね。
曲のタイトル紹介すらほとんどありませんが、たとえ知らない曲があったとしても、優しい曲からロックバンドらしい曲まで、スピッツらしさを堪能できるセットリストだと思いました。


ライブ中、何よりもうれしかったのは「これからも細く長く続けていきます」という宣言が聞けたことでした。
スピッツももう全員50代ですから何があってもおかしくないのですが、一度の活動休止もなく30年以上やってきているのはすごいことですし、これからも続けていきたいと言ってくれるのは、ファンにとってこれ以上ないほどうれしい言葉です。
スピッツって80には見えないよね、と言われたい」とまで言っていて、長寿バンドとして名を馳せる日がいつか来るのかと思うと楽しみです。
私自身の健康と体力がもつのかが若干不安ですが……。
MCの中でマサムネさんが「さくらんぼ」(大塚愛)、「Lemon」 (米津玄師)、「Into the Unknown」 (アナ雪2主題歌) を歌うのを聴けたのも、ほんの少しずつではあったし、替え歌だったりもしましたが、なんだか得した気分。
何を歌ってもマサムネさんのハイトーンボイスだとスピッツの曲に聴こえてしまうのが面白いですね。
ステージ上を激しく動き回るリーダー、マサムネさんのMCにツッコミを入れるテツヤさん、かっこいいドラムソロを披露してくれた崎ちゃんも、みんな全然変わっていなくて、会えてうれしかったです。
宣言通り、これからも変わらず4人+キーボードのクージーという体制でライブを続けてほしいな。
また行きたい、と心から思わせてくれたライブでした。




【以後、ネタバレありで少しだけ】
















今回はずっと聴きたかった「遥か」が聴けたのが一番うれしかったな。
「ヒビスクス」「僕のギター」「青い車」「俺のすべて」あたりも。
「ロビンソン」では改めて、マサムネさんの透き通るような高音は唯一無二だと思いました。
アルバム「見っけ」の中で、その挑戦的な構成に惹かれた「まがった僕のしっぽ」は予想通りライブ映えする曲で、気持ちよくリズムに乗れました。
また、今回は照明と曲とのマッチングが本当に素敵でしたね。
「けもの道」の赤い照明はロックでかっこよかったし、「優しいあの子」の夕暮れ時のような優しいオレンジの照明や、「渚」の美しい青の照明などが印象に残っています。
ステージ後ろの、ジャングルジムのような立方体を組み合わせたオブジェは一部がディスプレイになっていたのかな?
青空が映されたり、ランタンのように見えたり、とてもきれいでした。
セットリストも演出も最高だったのですが、ひとつだけわがままを言うなら……、「初夏の日」も聴きたかった!!!
またいつか聴ける機会があると信じています。




●関連過去記事●
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