tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『明るい夜に出かけて』佐藤多佳子

明るい夜に出かけて (新潮文庫)

明るい夜に出かけて (新潮文庫)


富山は、ある事件がもとで心を閉ざし、大学を休学して海の側の街でコンビニバイトをしながら一人暮らしを始めた。バイトリーダーでネットの「歌い手」の鹿沢、同じラジオ好きの風変りな少女佐古田、ワケありの旧友永川と交流するうちに、色を失った世界が蘇っていく。実在の深夜ラジオ番組を織り込み、夜の中で彷徨う若者たちの孤独と繋がりを暖かく描いた青春小説の傑作。山本周五郎賞受賞作。

佐藤多佳子さんの作品は『一瞬の風になれ』以来なので、かなり久しぶりに読むなあと思っていたら、なんと10年ぶりでした。
読んだ作品数も少ないのですが、どの物語もしっかり印象に残っているのは、それだけいい作品だったという証拠ですね。
久しぶりに読んでみて、やっぱり佐藤さんが描く青春はいいなあと思いました。
青臭くて、少々痛くて、でもすがすがしい。
すっかり青春から遠ざかってしまった私ですが、青春小説は変わらず共感し楽しめていることがうれしいです。


本作の主人公・富山は20歳の大学生ですが、大学は休学中。
実家を出て、深夜のコンビニでアルバイトをして生活しています。
そんな富山の趣味は、ラジオの深夜番組を聴くことです。
聴くだけではなくて、ネタを書いて番組あてに送る「職人」でもあります。
特にお気に入りの番組は、「アルコ&ピースオールナイトニッポン (ANN)」。
これは実際に2014年から2015年にかけて放送されていた実在の番組です。
私はアルコ&ピースというお笑いコンビは名前程度しか知らなかったのですが、ANNはもちろん知っていて、何度か聴いたこともあります。
作中で富山が番組を聴く場面になると、あの有名なテーマソングが頭の中を流れました。
高校生から大学生の頃、勉強のお供にラジオ番組を聴いていたことを思い出して懐かしい気持ちになりましたが、現代を舞台にしたこの作品ではラジオの聴き方も当然ながら現代的になっていて、ツイッターで実況しながら聴く様子などは新鮮に感じました。
昔からあるメディアも、時代が変われば形が変わることもあります。
けれども番組への常連投稿者の存在などは昔から変わらないものですし、ラジオにハマる若者像というのも、本質的には変わりがないのかもしれません。


富山は、人に身体を触れられることが苦手で、さらに女子が苦手という弱みを持っています。
それが原因でトラブルを起こしてしまい、人間関係の構築は苦手なタイプです。
けれども富山はラジオを通じて、高校時代の友人である永川や、アルバイト先のコンビニに客としてやってきた女子高生の佐古田とつるむようになっていきます。
さらにそこに、同じコンビニ店員である鹿沢も加わって、一見バラバラな4人の友人関係が成立していきます。
彼らをつなげるのはインターネット。
おなじみのLINEをはじめ、ニコニコ動画アメーバピグなど、私は名前は知っていても触れたことはないサービスもあれこれ登場し、若者たちが集い、つながりあう場所はたくさんあるのだなと妙に感心してしまいました。
そこそこ売れっ子の「歌い手」であり動画配信者である鹿沢を除いて、富山たちは決して人づきあいがうまいタイプではなく、群れたがるタイプでもありません。
それでもネットワークやラジオの電波を通じて彼らはつながり、自己を表現し、同じ楽しみを追いかけていく。
人と出会い関係を作っていくためのツールや手段が多様化した今、炎上などのトラブルもあるものの、それぞれに合った距離感で人と付き合っていくことが可能になっていて、そういう意味では人間関係に悩みを持つ人にとって、いい時代だといえるのかもしれません。


いつの時代においても普遍的な若者の悩みと、現代の若者文化が生き生きと描かれていました。
短い文がポンポンとテンポよく繰り出されていく文章にも、若者言葉がふんだんに使われていて、勢いがあり読んでいて楽しかったです。
何より、作者自身が深夜ラジオが大好きで、その愛が文章の端々からにじみ出ているのが感じられ、久々にラジオを聴いてみようかという気にさせられました。
青春小説らしいさわやかな読後感もよかったです。
☆4つ。