tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ツバキ文具店』小川糸

ツバキ文具店 (幻冬舎文庫)

ツバキ文具店 (幻冬舎文庫)


鎌倉で小さな文具店を営むかたわら、手紙の代書を請け負う鳩子。今日も風変わりな依頼が舞い込みます。友人への絶縁状、借金のお断り、天国からの手紙……。身近だからこそ伝えられない依頼者の心に寄り添ううち、仲違いしたまま逝ってしまった祖母への想いに気づいていく。大切な人への想い、「ツバキ文具店」があなたに代わってお届けします。

「文具店」というからには文房具屋さんのお話かと思いきや、ちょっとイメージが違いました。
でも、「代書屋」という職業がとても魅力的に描かれていて、すぐに物語に引き込まれました。


主人公の鳩子は「先代」である祖母から継いだツバキ文具店を営みつつ、副業として「代書屋」をしています。
代書屋というと大事な手紙の宛名やら書状やら表彰状なんかを代筆するのかな、というのが最初に思いついたことだったのですが、それもちょっと違っていて、鳩子は手紙の代筆をやっているのですね。
もちろん誰に宛てたどんな内容の手紙かということはお客さんからちゃんと聞き取りをしますが、その文面や使用する文房具は鳩子が考えて選びます。
さらには、どんな文字を書くかまで考えるのが鳩子の仕事です。
男性から依頼された手紙なら男文字で、女性であればやわらかい雰囲気の文字で、など、まさにその手紙を出す人になりきって書くというところに、非常に感銘を受けました。
一口に手紙といっても内容はそれぞれで、面と向かっては言いにくいようなことこそ手紙にしたいと思う人は多いでしょうし、どんな文面にするかは非常に気を遣うところだと思います。
文章を考えるだけでも大変なのに、それぞれの手紙の内容に合わせて文字を変え、筆記具を変え、便箋を変え、封筒を変え、切手を変える。
手紙のプロといってもいい仕事ぶりがとてもかっこよく、私もこんな代書屋さんなら手紙の代筆をお願いしてみたいと思いました。
あるいは、こんな気配りが細部まで行き届いた手紙の受け取り手になるというのも幸せだろうなと想像して、うっとりしてしまいます。
たとえ内容が絶縁状だったとしても。


そんなプロフェッショナルな鳩子ですが、高校時代は先代に反発してグレていたというのがなんだかとても可愛らしく思えました。
本人は黒歴史と思っているようですが、多感な年頃の少女なら誰でも多少の「痛い」時期は経験しているものですし、代書屋という仕事の魅力や尊さも若いうちはなかなか理解しづらいものではないかと思います。
そういう時期を経たからこそ、代書屋として自立した大人の女性になれたのでしょう。
そんな鳩子の周りの人々は、みんな個性的でユニークで、鳩子との関係もなかなか面白いです。
バーバラ婦人、男爵、パンティー、QPちゃんなどなど、みんなあだ名で登場しますが、どのあだ名も個性的でどんな人だろうと興味がわき、あだ名の通りに楽しい人たちだと分かってほっこりします。
年齢も性別も職業もバラバラで、一見まったく接点がなさそうなのに、鳩子を中心に濃厚すぎない程よい友情が育まれていくのがとてもいいなと思いました。
こんな人たちの輪に入れたら楽しそうだなとうらやましくなります。


舞台の鎌倉の雰囲気もとてもよくて、昨年行ったばかりなのにもう再訪したくなってしまいました。
古い神社仏閣に、海に、おいしいもの。
そこにツバキ文具店の趣のある店構えがあって、女主人がどんな厄介な手紙でも代筆してくれる。
心地よい世界観の中に、ずっと浸っていたくなる物語でした。
☆5つ。