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『トオリヌケ キンシ』加納朋子

トオリヌケ キンシ (文春文庫)

トオリヌケ キンシ (文春文庫)


「トオリヌケ キンシ」の札をきっかけに小学生のおれとクラスメイトの女子に生まれた交流を描く表題作。ひきこもった部屋で俺が聞いた彼女の告白は「夢」なのだろうか?(「この出口の無い、閉ざされた部屋で」)。たとえ行き止まりの袋小路に見えたとしても、出口はある。かならず、どこかに。6つの奇跡の物語。

加納さんお得意の「日常の謎」と、病気やその後遺症などというテーマを組み合わせた短編集です。
一応、ちょっとだけ連作にもなっている……かな。
ノンシリーズは久々でしたが、加納さんの作品はやっぱりいいなぁと改めて思いました。


何よりよかったのは、この作品が加納さんだからこそ書けた作品だということです。
まず日常の謎ミステリとして、しっかり面白い。
この土台がなければ、後に述べる病気というテーマもそれほど心に響かなかったかもしれません。
帯やあらすじなどにも、特にミステリだとかそれを連想させるような言葉はなかったので、最初はミステリと思わずに読んでいました。
ですからミステリだと気付いたときはとてもうれしかったです。
謎の提示がさりげないので謎と思わないまま読んで、後から「あっ」と思わせる。
その手法が見事で、普段ミステリを読まない人だったら、ミステリと意識しないまま読み終わってしまいそうです。
特に意識せずに普通に小説として十分楽しめる作品でありながら、ミステリファンも満足させてくれます。


そして、本作の一番のテーマであり、ミステリ部分の鍵ともなる、病気のことについてですが、これはもう、加納さんご自身の経験や作風とこれ以上合うテーマはないのではないかというぐらいです。
本書に収録の各短編には、さまざまな病気や後遺症に苦しむ人々が登場します。
誰もが知っているような病気もあれば、ちょっと珍しいものもあって、勉強にもなりました。
病気というのは誰にとっても避けられるものなら避けたい、極力無縁でありたいと思うものだと思います。
ですがどんなに予防に気を付けて健康管理を心掛けていたとしても、かかる時にはかかってしまう、そんな理不尽さがつきまとうのが病気というものです。
理不尽だからこそ肉体的だけでなく精神的にも苦しみとなる。
その苦しみから人を救ってくれるのはもちろん医療ですが、もう一つ重要なのは、その病気や症状に対する理解なのだなと、本作を読んで気付かされました。
患者本人だけではなく、周りの人もしっかり患者の病気や症状を理解し、患者の苦しみに寄り添うこと。
それが何よりも患者を救うのです。
このことは、加納さんご自身が急性骨髄性白血病を患われた経験から得た、何よりの実感なのだろうと思います。
最終話の「この出口の無い、閉ざされた部屋で」には加納さんの経験に基づく展開、そして描写が満載で、涙なしでは読めませんでした。
また同時に、せっかく珍しい病気を経験したのだからその経験を活かした作品を書こうという、加納さんのしたたかさというか、命の強さを感じて、余計に泣かされました。


病気で苦しんでいる人の姿に直面するのは、たとえ小説の文章であっても辛いものです。
でも加納さんはしっかりそこにあたたかい手を差し伸べてくれる。
どうしようもない理不尽な悲しいことからも目をそらさずにきちんと描きながら、それでもきっと救いはある、という優しい希望に胸がいっぱいになりました。
☆5つ。


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