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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『アクアマリンの神殿』海堂尊

アクアマリンの神殿 (角川文庫)

アクアマリンの神殿 (角川文庫)


長い“眠り”から目覚め、未来医学探究センターに独りきりで暮らす少年アツシ。彼は正体を隠し騒がしい学園生活を送る一方、深夜には秘密の業務を行っていた。それは、センターで眠る“女神”を見守ること。だがやがて過酷な運命が次々とアツシを襲い、ある重大な決断を迫られる。懊悩の末、彼が選んだ“未来”とは―?先端医療の歪みに挑む少年の成長を瑞々しく描き、生き方に迷うすべての人に勇気を与える、青春ミステリ長編!

ナイチンゲールの沈黙』と『モルフェウスの領域』に登場した、佐々木アツシという少年が主人公です。
アツシは幼い時に眼のガンにかかって右眼球の摘出手術を受けますが、その後ガンの再発の徴候が見られ、治療薬が日本で認可されるのを待つために、世界初のコールドスリープを受けて5年間「凍眠」します。
目覚めた彼は、桜宮学園中等部に編入し、自らの素性を隠しながら普通の中学生としての生活を送り始めます。
前半は、このアツシの学園生活が中心に描かれるのですが、これが海堂さんの今までの作品群とはちょっとテイストが違っていて面白かったです。


正統派美少女だけど言動に問題ありの麻生夏美、作家志望で不幸になりたい北原野麦という2人の同級生女子に振り回されるアツシ。
2人とも個性の強いキャラクターで、彼女たちと共に繰り広げる部活やら学園祭やら敵対する同級生とのバトル (?) やら、のドタバタ学園ラブコメディは、ライトノベル風味でなかなか楽しいです。
海堂さん、医療ミステリだけじゃなくて、こんな話も書けるのね、と感心してしまいます。
とにかく登場する人物が「濃い」キャラクターばかりで、それがある意味マンガっぽさを生み出していますが、考えてみれば海堂さんの作品はどれも登場人物の個性の強さが売りでしたね。
そういう個性の強い人たちに囲まれている主人公が、彼ら・彼女らに振り回されるうちに物語が進行していく、というこの構成は、「チームバチスタ」シリーズの基本形を踏襲していると言えます。
だから、「チームバチスタ」シリーズの読者にとって非常に読みやすいのはもちろん、純粋に学園青春小説としても読める本作は、今まで海堂さんの作品を読んだことがないという人でもなじみやすいのではないかと思います。
最低でも『ナイチンゲールの沈黙』『モルフェウスの領域』だけは読んでおいた方がより楽しめるのは確かですが、読んでいなくても全くわけが分からないということはありません。
その一方で、シリーズのファンにとっては、アツシと縁の深い看護師の「ショコちゃん」をはじめとして、後半に田口先生や高階先生といったおなじみのキャラクターが登場し、シリーズ本編が完結した後の様子が垣間見えるのがうれしいです。
新規の読者に配慮しつつ、シリーズ読者に対するファンサービスも怠らない隙のなさがさすがです。


もちろん海堂さんの作品ですから単なる学園ラブコメで終わるわけがなく、コールドスリープが孕む社会的な問題についてもしっかり書かれています。
本作の舞台は2018年から2019年という近未来ですが、実際にその頃にはコールドスリープ技術もSFの中の話だけではなくなっている可能性もあるのでしょうか。
もしもアツシが選択したように、難病にかかった人がその病気の特効薬を使えるようになるまで、病気が進行しないように「凍眠」できるとしたら、それは人類にとって大きな福音になると思います。
けれども新しい技術には、法律やその他の障壁がつきもの。
そこをどう乗り越えるのか、という疑問についてのひとつの解が、この作品には示されていました。
そして、アツシが世界初のコールドスリープを受けた人間だからこそ進める道を選ぶラストは、非常に爽やかで希望が持てていいなと思いました。


アツシの未来を見てみたいという気持ちもありますが、このシリーズは本作できれいに完結しているのでこのままでもいいような気もします。
先端医療技術という小難しい内容を、コメディタッチで楽しく読ませてくれる良作でした。
☆4つ。


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